第18回 ウイルスを使った、驚くべき高速育種

2021年2月12日

 こんにちは、小島正美です。きょうはゲノム編集でもなく、遺伝子組み換えでもないのに、驚くべき研究成果をお伝えします。ウイルスを使った高速育種です。

ママ美 育種とは品種改良のことですね。でも、いくらなんでも「高速」とは、ちょっと大げさ過ぎませんか。

正美 いえいえ、本当に驚愕の研究成果です。
「モモ、クリ3年、柿8年」という言葉を聞いたことがあると思います。これは分かりやすく言うと、モモやクリ、リンゴ、カキなどの果実の種子は、一般に発芽してから、開花して実をつけるまでに3年~十数年もかかることを意味します。

ママ美 十数年も!

正美 そうです。なかでもリンゴは開花・結実までに6年~十数年かかります。
 ところが、岩手大学農学部の吉川信幸教授(園芸科学)らの研究グループは、植物に無害なウイルスを使って、この期間をわずか2カ月程度に縮めることに成功したのです。
 6年~十数年もかかったのが、たった2カ月ですよ。これは世界初の画期的な技術なのですが、ほとんど知られていません。新聞やテレビはこういうのをニュースにしてほしいですね。

ママ美 2カ月とは信じられません。生まれたばかりの赤ちゃんが、いきなり大人になるような感じですね。

正美 2カ月がいかにすごいかは、従来のリンゴの交配を見れば分かります。これからおいしい季節を迎えるリンゴの「ふじ」は、「国光」と「デリシャス」を掛け合わせて育成されたのですが、品種交配から品種登録までなんと23年もかかりました

 こうした発芽、開花、結実のサイクルを速めることができれば、育種期間は一挙に短くなります。そうなれば、いろいろな特質をもったリンゴが次々に生まれてくる土台ができることになります。この夢のような技術を実現したのが岩手大学の研究チームなのです。

無害なウイルスを使い、花を早く咲かせることに成功

ママ美 どうやって、そんな素晴らしい技術ができたんでしょうか。

正美 発端は、ウイルスの発見です。1985年、岩手県盛岡市内のリンゴから、「リンゴ小球形潜在ウイルス」(ALSV)という名のウイルスが発見されました。ウイルスは、自分の遺伝子を他の生物に移して増やしていく性質をもっています。もちろん植物のウイルスは人には無害です。

 それならば、このウイルスを遺伝子の運び屋として活用できるわけです。つまり、人間にとって望ましい遺伝子をウイルスに組み込み、そのウイルスをリンゴに導入してやれば、ウイルスが存在する間、そのリンゴは望ましい形質をもつことになります。

ママ美 望ましい遺伝子って、どういう遺伝子ですか。

正美 そこがポイントですね。
 開花を促すホルモン(フロリゲン)遺伝子を、「運び屋ウイルス」に入れてやればよいわけです。
 実際に吉川教授らは、種子から芽が出たばかりのリンゴの実生(みしょう)に導入したのです。
 すると驚くなかれ、発芽してから51日で花が咲きました

開花を促すホルモン遺伝子が導入され、発芽からたった51日で咲いたリンゴの花(吉川教授提供)

 そして、開花した花に人工授粉を施すと果実ができ、種子も得られたのです。
 こうした一連の研究の結果、通常なら6~十数年を要するリンゴの1世代を1年以内に短縮することに成功したのです。

ママ美 驚きですね。

正美 私もそう思います。いまでは運び屋ウイルスを導入したリンゴの樹から、ウイルスのいない枝を得ることも簡単にできるようになりました。このウイルスのいない枝が台木に接ぎ木された苗は、すでに試験ほ場で栽培され、2021年には実った果実の評価が始まります。あと数年で新しい品種が登録できる可能性も出てきています

地球温暖化にも対応できる技術

ママ美 確かに素晴らしいことだと思いますが、最初に戻っていいですか。
 ウイルスに遺伝子を運んでもらうということは、それは遺伝子組み換え技術ではないですか

正美 さすが良いところに気づきましたね。
 確かに、ウイルスに開花遺伝子を運んでもらうので、その点では遺伝子組み換え技術に相当します。
 しかし、それは育種の途中段階の話です。最終的な苗にはウイルスも、導入された遺伝子も残っていないことが国の識者検討会でも確認されています。
 日本の法律では最終産物に導入された遺伝子が残っていなければ、遺伝子組み換え植物とは見なされないのです。

ママ美 なるほど! 最終的なリンゴは、他のリンゴと同じということですね。

正美 そうです。この無害ウイルスを活用した早期開花技術は、リンゴ以外のナシやブドウ、リンドウ、トルコギキョウなどにも応用できますリンドウでも、これまで1世代に2年かかっていましたが、5~6カ月に短縮させることに成功しています

 こういう育種技術は、地球温暖化に伴う気候変動で栽培適地が変わることが予想される中、その土地にふさわしい果樹の品種を短期間に効率よく生み出すうえでも、大きな威力を発揮しそうです

ママ美 育種というと、なんだか消費者とは縁遠い世界の話と思っていましたが、温暖化対策にもなるなんて、すばらしいですね。

正美 この高速育種でどんな品種が生まれてくるか、いまから心がワクワクしてきますね。

 きょうのレッスンは、育種の世界では、交配を重ねる世代(サイクル)を短くできるかどうかは、とても重要だということを覚えておくことです。長い目で見れば、消費者に役立つことになりますね。