第45回 「放射線照射ジャガイモ」騒動が示す 「バイヤーの壁」が作られる、恐るべき理由

こんにちは、小島正美です。ゲノム編集食品を食べたい人が少なからずいるのに、なぜ店に並ばないのか。その理由のひとつに小売り業に詳しい岩井さんが、「バイヤーの壁」があることを指摘していました(本ブログ第43回記事参照)。では、なぜバイヤーは壁をつくるのかという経済心理学的な問題が残っています。

正美 岩井さんは、店で扱わない要素のひとつとして「(一部の過激な)お客様の攻撃があるのはあまり知らせていません」と指摘しています。さらに続けて、こう述べています。
「実は、2019年にゲノム食品の表示ルールがリリースされた段階では、スーパーでもゲノム編集のトマトを並べてみようかという空気もありました。特にトマトは売場をご覧になってもわかるとおり、常に複数の品目が並んでいる特殊な商品です。そこに、今話題のNB商品をいくつもあるトマトのひとつとして並べてみて、お客様の反応を確かめてみようという雰囲気があったのも事実です。しかし、グロテスクな鯛(タイ)の映像を流すマスコミの報道姿勢や知る権利を求める消費者団体の過激な声に、店頭に並べた際に店舗や企業に非難の声が殺到するリスクを取るわけにはいかないよねという判断が大勢を占めるようになったのです」。

 ママ美 一部の過激な市民団体やマスコミの批判的な報道姿勢が、バイヤーの壁を築く要因のひとつだということですね。

 正美 私も、ある体験があるので、岩井さんの考えに賛同します。
岩井さんも触れていますが、放射線を当てて、毒のある芽が出ないようにしたジャガイモのことです。10年ほど前だったかと思いますが、東京都内の青果店で「放射線照射ジャガイモ」と表示された袋入りのジャガイモが販売されていましたこれがネットで取り上げられると、すぐさま反対運動が起きて、「販売するな」という過激な行動が起きたのです。当時、店の関係者が「法的には何の問題もありませんが、反対の声が毎日のように来るので、もう扱うのをやめます」と言っていたのを思い出します。
放射線を当てた事実は正直に表示されているので、抵抗のある人は買わなくて済みます。つまり、食べたくない権利は保障されているわけです。この件に関しては、主要な新聞やテレビが報道することもなかったと記憶しています。にもかかわらず、一部の強力な反対で、いとも簡単に商品が店から消えてしまったのです。

 ママ美 うーん。実物を見たことがありませんが、「放射線照射ジャガイモ」という名前で売られていたのなら、私もわざわざ買いたいとは思わないので、「放射線」という言葉に過激な反応をする人がいても不思議とまでは思いません。ただ、営業妨害のような行為は許されることではありませんね。

正美 店の前で反対運動をされたら商売になりません。鋼のような精神力と信念をもった小売り業者なら、販売することも可能でしょうが、そんな危ない冒険をする奇特な人はいないでしょう。「バイヤーの壁」は、反対が起きたら商売が成り立たなくなるだろうという心理的な不安から生じることが分かりますね。
難しいのは、いまの日本では、言論の自由も、行動・集結する自由もありますから、反対する人たちが違法なことをしているわけではありません。自分たちにとって見たくない、許せない商品を「置くな!」と言っているだけです。販売自体を直接妨害しているわけでもありません。
この点について、岩井さんは「声高な批判が、買いたいお客様の権利を阻害しています。『売るな』という声が経営陣に大きく聞こえることが、バイヤーの壁を高くする原因にもなっている」と述べています。

反対派の行動力は、賛成派に勝る

正美 ポイントは、反対派のなかで、過激な行動まで起こしている人たちは数十人にすぎないことです。その背後にいる仲間たちとネットワークでつながっているとしても、実働部隊は数十人です。それでも、世の中を動かす力を行使できているのです。

ママ美 放射線照射ジャガイモに一定数の支持者もいるわけなので、たとえ反対があっても、数だけなら負けないのかもしれない。だけど、実際は販売できない、というわけですね。

正美 たとえ賛成、反対の数は同じでも、反対する人たちの行動力は、賛成派よりも圧倒的に勝っています。放射線照射ジャガイモを店で絶対に売らせないという意思の強さ、ビラを配り集会を開く俊敏な行動力とネットワーク力、「自分たちがやらなければだれがやるのか」といった強い使命感、どれをとっても反対派が勝っています。
しかも、新聞のようなメディア(新聞すべてとは言えませんが)は、どちらかといえば、事業者よりも市民派を応援しますから、少数派の声を増幅させる役割を演じます。まちがっても朝日新聞や毎日新聞が「放射線照射ジャガイモを買いたい人の選択の権利に応えて、店での販売を続けましょう」などとエールを送ることは絶対にありえません。

ママ美 食品のことだから、神経質になる人もいるでしょうね。

正美 ゲノム編集や放射線照射のような食品のリスクにかかわる問題は、もはや通常のリスクコミュニケーションの手法では通用しないということです。旧ソ連と米国が冷戦時代で見せたように世界観(イデオロギー)と世界観が衝突しているわけですから、科学的にいくら説明しても、反対派が納得することはないでしょう。「科学的に安全なのは分かるけれど、安心できない」といった生易しい問題ではありません。
そういう観点でみると、放射線ジャガイモやゲノム編集食品を店で売るかどうかは、もはや科学の問題ではなく、きわめて政治的な問題なのです。リスクコミュニケーションを地道にやったくらいでは絶対に解決できない難題なのです。

ママ美 では、どうすればよいのでしょうか。

正美 すべては世の中を動かそうとする意思と行動力いかんにかかっています。世の中を動かす力は、以下の方程式のように3つの要因で決まると私は思います。
「世の中を動かす力」=「人の数」×「行動力」×「メディアの注目度」
この方程式で重要なのは、人数ではなく、力強い行動力とメディアにどれだけ好意的に報じられるかです。ゲノム編集トマトやジャガイモを店で売りたいなら、まずは行動を起こすこと、そしてメディアを味方に引き寄せることです。その際、重要なことは科学者(専門家)も象牙の塔に閉じこもるのではなく、果敢な行動力を見せることがキーポイントになります。なぜ科学者の行動力が重要かを次回で解説します。