第79回 遺伝子組み換えスギ花粉症緩和米の夢はついえてしまうのか!

こんにちは、小島正美です。今年4月4日、野村哲郎農相が閣議後の記者会見で重要な発言をしたのを覚えていらっしゃるでしょうか。

前日に岸田首相が「花粉症はわが国の社会問題と言ってもいい」との見解を受けて、野村農相は「花粉のあまり飛ばないスギの苗の普及」や「遺伝子組み換え(GM)技術で生まれた花粉症緩和米」の実用化で対応したい」といった内容の考えを示したのです。

この発言を聞いて、いよいよ日本でも遺伝子組み換え花粉症緩和米(以下、GM花粉症緩和米と記す)が市場で販売される日が来るかもしれないと期待を抱いたわけです。

このGM花粉症緩和米は、スギ花粉症を起こすスギの抗原(タンパク質)の一部を組み換え技術で稲に組み入れたものです。農林水産省の外郭団体である農研機構(国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構)が2003年に開発して以来、ずっと茨城県つくば市の試験場で試験栽培を続けています。

このGM花粉症緩和米は、おコメを毎日少し食べるだけでスギ花粉症が抑えられるという夢のような食品です。これが普及すれば、国民病でもあるスギ花粉症は一気に減ることが期待されます。ところが、開発から20年もたつのに、実用化の知らせは一向に届きませんでした。

毎日新聞が国の花粉症対策を報道

どうしたものかと思っていたところ、毎日新聞が5月23日付け朝刊クローズアップで一面全部を費やして、「花粉症『3本柱』政府難航」との見出しで、国が花粉症に対してどんな取り組みをしているかを報じました。もしかして、GM花粉症緩和米の取り組みが前進しているかもしれないと思い、食い入るように読み進めましたが、「遺伝子組み換え」という文字は出てきませんでした。

それによると、岸田首相は6月までに対策の全体像を取りまとめるよう指示したといいます。そして、その対策の3本柱は「花粉の少ないスギへの植え替え」「花粉の飛散予測の強化」「治療法の普及」でした。残念ながら、3本柱の中にGM花粉症緩和米の実用化は入っていませんでした。NHKが5月27日に報じたニュースも、毎日新聞と同様の内容でした。これらのニュースを見る限り、GM花粉症緩和米の実用化が政府の対策の柱になっていないことが読み取れます。

記事にあった3本柱のひとつの「治療法の普及」とはどんなものでしょうか。

政府は治療法の普及として、「舌下免疫療法の普及を図る」と書いてありました。舌下免疫療法とは、スギ花粉症を起こす原因物質を含む薬を毎日、舌の下に投与して、少しずつ免疫を獲得していく治療法です。減感作(げんかんさ)療法とも言います。換言すると、スギ花粉の抗原に少しずつ慣れさせて、最終的にアレルギーの起こりにくい体質に変えていこうという治療法です。

しかし、舌下免疫治療は以前から存在する治療法であり、新しい治療法ではありません。なぜ、いまごろ、国が舌下免疫治療法に力を入れるのか不思議です。

GM花粉症緩和米こそ、すぐれた減感作療法のひとつ

実は、コメを毎日少しずつ食べて、花粉症への免疫をつくるのがGM花粉症緩和米なのです。薬だと抵抗がある人でも、コメなら毎日食べられます。またコメなら、患者の体への負担は少なく、病院に行く必要もなく、副作用の心配もまずありません。つまり、GM花粉症緩和米を食べることなら、だれでも気軽に実践できる減感作療法なのです。

実際、GM花粉症緩和米の臨床試験はすでに実施されています。東京慈恵会医科大学では2012年~14年、ヒトを対象にGM花粉症緩和米を食べてもらう試験をし、一定の有効性が確認されています。大阪はびきの医療センターでも2016年11月~17年4月、スギ花粉症患者を対象にGM花粉症緩和米を食べてもらう試験をして、アレルギーのような副作用がないことが確認されました。医薬品のようなしっかりしたヒト試験ではないものの、一定の成果は得られたといえます。

厚生労働省の「ひと言」が最大の壁か!

くどいようですが、GM花粉症緩和米は、米を毎日食べるだけで花粉症の症状が抑えられるという夢のような食品です。それなのに実用化がなかなか進まない最大の原因は、厚生労働省の「ひと言」でした。2007年に厚生労働省が「医薬品に該当する」との判断を示したのです。

つまり、GM花粉症緩和米は、通常の食品として流通することが難しいと判断されたわけです。医薬品となれば、どこかの製薬会社が巨額の費用を投じて、臨床試験を行い、医薬品としての有効性と安全性を獲得しなければなりません。一つの医薬品の開発費用には数百億円の資金がかかるといわれます、そんな巨額の負担をしてまで、GM花粉症緩和米を引き受ける企業が名乗り出てくるのかといえば、その可能性は極めて低いといわざるを得ません。

個人的には、一定の保健・健康効果が表示できる「機能性表示食品」(機能性消費者庁の所管)として流通するのが一番よいのではと思いますが、いくらもがいても、厚労省の「医薬品です」という見解を覆せない限り、コメとして実用化される道は限りなく困難になります。政治的な決着でなんとかしてほしいとも思いますが、政治の力で厚労省の見解が覆されるようなことが起きれば、残念ながら反対運動も激化するでしょう。

しかし、いまも農研機構はGM花粉症緩和米の栽培を続けています。GM花粉症緩和米は農研機構の研究者たちがつくり出した世界でも画期的な機能性のおコメです。研究者たちの熱い夢が実現するようなウルトラCはないものでしょうか。