第43回 「食べたい権利」こそ守られていない!? ゲノム編集トマトに見る「バイヤーの壁」
こんにちは、小島正美です。前回のブログでは、国産ゲノム編集作物「シシリアンルージュハイギャバ」が、生鮮食品としてスーパーに並ぶのではなく、保存のきくピューレやジュースといった健康食品の形で、ネットで直接、消費者に販売される見通しであることを紹介しました。今回は、この記事に関する小売り事業者側からの声を元に、実はゲノム編集トマトを食べたい人こそ、選択ができず、権利が守られていない可能性について指摘します。
ママ美 ゲノム編集トマトを「食べたくない人」ではなく、「食べたい人」の選択の権利ですか?
正美 そうです。
議論になるのは「食べたくない人」の権利ばかり
ママ美 ゲノム編集作物や遺伝子組み換え作物と言えば、常に「食べたくない人」の選ぶ権利をどう守るかが議論になります。そして、表示を付けて、食べたくない人は避けられるようにすべき、という主張をよく見るので、聞き間違いかと思いました。
正美 聞き間違いと思うのも無理はありません。メディアで取り上げられるのは、たしかに常に「食べたくない人が選ぶための表示」というテーマだからです。
ゲノム編集食品が世に出るにあたって、消費者が関心を寄せたのは「表示の有無」でした。たとえば、ゲノム編集食品の是非をめぐるNHKの番組(2019年9月24日)に登場した消費者団体の代表は「最優先されるべきは、選ぶ権利を保障することです。国はゲノム編集食品の表示を義務化しないということですが、食べたくなければ食べなくて済むような表示が必ず必要です」(一部要約)と訴えています。
しかし現実は、「食べたい人」の選択権を守ることの方が、大変かもしれないのです。
ママ美 ?? どういうことかしら。
バイヤーが仕入れない
正美 前回(第42回)のブログを読んで、共同食料品チェーンの「株式会社シジシージャパン」(中堅クラスのスーパーが共同でPB商品を開発・販売することを目的に設立された会社)品質保証室長の岩井弘光さんが、次のような意見をメルマガで書いています。
「青果部門のバイヤーは、お客様の多くがアレルギーを起こしそうな事案(中国産、放射能、添加物、遺伝子組換え等々)に敏感で、ゲノム編集もそのカテゴリーに入ってきます。稀にそのような事案を気にしないお客様がいても、それらをお客さまが選べばいいからと陳列する前に、仕入れをしないという選択をしてしまいます。これが『バイヤーの壁』というやつです」
ママ美 なるほど。スーパーに並べる商品を選ぶスーパー側のバイヤーは「売れる」と思わなければ当然、仕入れない。その「売れる」商品のなかに「ゲノム編集作物」は入らない、というわけですね。そして、スーパーに並ばないから、買いたくても買えない、と。
正美 現に「遺伝子組み換えです」と表示された食品は、スーパーに並んでいません。たとえば、少しでも価格が安いなら、遺伝子組み換え作物でいい、と思う人がいても、選べないのです。
「遺伝子組み換えでもいい」「ゲノム編集トマトを食べたい」という消費者の選択の権利が保障されていないという点は、意外にも議論されていません。
ママ美 岩井さんの配信に「稀にそのような事案を気にしないお客様がいても」とあります。ゲノム編集作物は、バイヤーに、気にしない人は「稀」、つまり「あまりいない」と判断され、「仕入れても売れない」と判断されてしまう。その結果、「稀」な消費者は、買いたくても買えない、と。
買いたい人には、ネット直販で届ける
正美 だから、サナテックシード社はゲノム編集トマトをネット通販で、買いたい人に直接売ろうというわけですね。ネット通販のない一昔前なら、ゲノム編集トマトは「バイヤーの壁」を破ることができないと判断されて、開発されてもお蔵入りになった可能性がありますね。
こう考えてくると、表示制度を整備するだけでは、食べたい人の選択の権利は保障されないことが分かりますね。ゲノム編集トマトを食べたい人こそ、選択権が守られにくい、と言えるかもしれません。
ママ美 それにしても、サナテックシード社のネット通販方式を聞いた時は、予想外で驚きましたが、岩井さんは「当初から予想された販売ルート」と書いていますね。
正美 さすが、流通に長く携わる達人ならではの洞察力ですね。
ただ、ジャーナリストの立場としては、消費者が「これはゲノム編集技術で生まれた健康に良いトマトです」との表示を見て、スーパーで本当に買っていくのかどうかを知りたかったです。これは「消費者の不安心理と行動」の関係を試す貴重な社会科学的な実験でもあったのです。残念ながら、学問的にも興味のありそうな壮大な社会実験は、おあずけになりました。
ママ美 しかしそうすると、店舗でゲノム編集作物を買うことは、これからもないのでしょうか。
正美 そうとも言えません。同じゲノム編集技術で生まれた「毒のないジャガイモ」の野外栽培実験がようやく始まったからです。次回はこの話をしましょう。
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