第32回 「ゲノム編集トマト」の魅力をどう伝えるか――もし私が広報プロデューサーだったら(後編)

2021年2月12日

こんにちは、小島正美です。今回は「ゲノム編集トマトの魅力をどう伝えるか」の後編です。みなさんは、ユニークな能力をもった新人歌手を売り出すときに、まずどんなことを考えるでしょうか。

ママ美 まずは、どんな歌手かを知ってもらうことが大切ですね。

正美 おっしゃる通りです。1960年代に登場した英国のビートルズだって、デビューしたころは、「何コレ、こんなの歌じゃない」といった批評はたくさんありました。4人の若者がボーカルとバンドに分かれながら、ひとつのグループでカッコよく軽快に歌う姿はそれまでなかったから、みなびっくりしたわけですね。
つまり、ビートルズは古い音楽の良さと新しい音楽の斬新さを併せ持った「ハイブリッド」シンガーだったのです。トヨタの人気車種「プリウス」もガソリンと電気のハイブリッドカーです。遺伝子組み換え作物も、従来の品種に外部から遺伝子を組み入れるハイブリッド作物でした。
ゲノム編集トマトも、いわばハイブリッド食品なのです。昨年、ノーベル化学賞を受賞した最新の遺伝子工学技術(クリスパーキャス9)を取り入れながら、従来の品種改良の延長線上に生まれたハイブリッドだと言えます。

ママ美 ハイブリッドという呼び名なら、悪いイメージはないですね。

正美 歌手だって、呼び名はけっこう重要です。次に大事なのは、呼び名にふさわしい特色をどう知ってもらうかです。つまり、新人歌手の得意な部分をどうアピールするかです。ゲノム編集トマト(シシリアンルージュ・ハイギャバ)の魅力は4つあります。
1.血圧を下げ、リラックス効果のある成分(ガンマアミノ酪酸=GABA、通称ギャバ)が豊富なこと
2.情熱に燃えた学者たちが開発したこと
3.その学者たちが日本人であること
4.自国に新しいゲノム編集食品産業が生まれる可能性を秘めていること――です。

高血圧の人は世界に10億人以上いると言われています。もし、この国産初のハイブリッド・トマトが世界中に普及していけば、日本の栽培農家が潤うだけでなく、世界中の人が健康になる可能性を秘めています。トマトが普及していった先に、みなが幸せになるという、目に見える形の「夢」が描けることがこの歌手の強みなのです。トマトで「希望」「幸せ」を届けるのです。

ゲノム編集で第一号の機能性表示食品をめざせ

ママ美 小さなトマトに、大きな夢が詰まっているんですね。その夢が社会に伝われば、支持を得られるように思われますね。
正美 その点、ニュース(口コミも含め)の力は大きいので、「良いニュース」が世界に流れるよう次々にアクションを起こしていくことが必要です。
ゲノム編集トマトはGABA(ギャバ)を豊富に含むわけですから、まずは、機能性(健康効果)が表示できる「機能性表示食品」として消費者庁に届けることが必要です。

ママ美 でも、店頭では、すでにギャバが多いことをうたったコメやミカン、チョコレートなどが出ています。ギャバだけを訴えても、他の歌手に負けてしまうのではないでしょうか。

正美 鋭いところに気づきましたね。たしかに、ギャバだけに着目すると、ゲノム編集トマト「シシリアンルージュハイギャバ」は後発組で、一歩遅れをとっています。
しかし、ノーベル化学賞に結び付いた最新技術を活用した「ゲノム編集作物」が「機能性表示食品」になるのはもちろん、初めてです。つまり、「ゲノム編集食品でも機能性表示食品になるんだ」という、ニュース性が生じます。ですから、ベンチャー企業のサナテックシードはすぐにでも機能性表示食品になるよう消費者庁に届け出るべきですね。もちろん、そのときも記者向けリリースを忘れないようにしましょう。他のハイギャバ食品がすでに機能性表示食品になっているので、消費者庁が受理を拒む理由は全く見当たりません。
ただし、気がかりな点もあります。

既存の生鮮ギャバトマトとの差別化を

ママ美 えー、なにか不安要素でもあるのでしょうか。

正美 実を言えば、ギャバの多いトマトは、すでに機能性表示食品として流通しているんです。

ママ美 そんな! 本当ですか。

正美 本当ですよ。認知度はまだ高くないかもしれませんが、カゴメはギャバを多く含む生鮮トマトを機能性表示食品として販売しています。タキイ種苗もギャバとリコピンの両方を多く含む生鮮トマトを、機能性表示食品として売っています。

ママ美 同じ生鮮トマトでギャバ同士が競合するわけですね。

正美 そうです。もともとトマトにはギャバが含まれています。水分を減らすなど栽培環境にストレスを与えてやると酵素が働いて、ギャバが増えるんです。ただし、こうした環境ストレスを与える方法だと、ギャバが増える代わりに収量が低下してしまい、結果としてコストのアップにつながってしまいます。
これに対し、ゲノム編集トマトは、環境ストレスを与えることなくギャバを増やし、しかも収量もしっかりと確保できます。この一石二鳥のメリットがゲノム編集トマトの大きな魅力なのです。これは栽培農家にとって大きなメリットです。しかも、ゲノム編集トマト(シシリアンルージュハイギャバ)に含まれるギャバは、高ギャバをうたう他のトマトに比べて多いので、1日中玉2個という、毎日食べるのに無理のない量で、健康維持に十分なギャバが摂取できます。

ママ美 ギャバの量が多いうえに、価格も相対的に安くなれば、買ってもらえそうですね。

正美 積極的に知ってもらう”演出”も必要になってくるでしょう。まずは「この新人歌手の歌声は素晴らしい」という光景を見せる必要があります。その姿を見た人が拍手を送り、その拍手を見た人がまた拍手を送るというネットワーク効果をつくり出すのです。「あの店はいつも行列ができている」という光景を見れば、だれだって、一度は行ってみたくなりますね。これと同じことを演出するのです。

アンバサダーの任命を

ママ美 何かよいアイデアでもあるんですか。

正美 「アンバサダー」の任命はどうでしょうか。英語のアンバサダーは「大使」という意味ですが、最近は、有名人が「広報大使」とか「観光大使」などの呼び名でけっこう活躍していますね。あれと同じです。ここで私の言う大使は、口コミでその製品や町の魅力を主体的に発信してくれるファンのことです。
ゲノム編集トマトなら、少なくともアンバサダーを10人は任命しておくとよいでしょう。

ママ美 私も苗の無料配布を申し込みましたが、そうしたら、「栽培モニター」になってくださいと書いてありました。モニターではダメですか。

正美 モニターとアンバサダーは全く違います。モニターは、会社側が自社経営に活用するために必要な情報を聞くための対象者です。良い意見を言ってくれるモニターもいるでしょうが、受け身的な存在です。
これに対し、アンバサダーの意識は全く異なります。ゲノム編集トマトに自ら興味をもっているだけでなく、その魅力を自らの意思でSNSに投稿するくらいの熱い情熱を持っているのです。広報大使としての意識をもっていない受け身のモニターと、意識高い系のアンバサダーでは、世の中への情報発信力に雲泥の差があります。

ママ美 要するに、モニターだけでは不十分だということですか。

正美 そのとおりです。サナテックシードの場合、すでにモニター募集は決まっているようです。であるならば、そのモニターの中から、ゲノム編集科学が大好きな高校生や大学生とか、トマト料理が得意な女性とか、血圧の高い健康オタクの高齢者とか、とにかくハイブリッド・トマトに魅力を感じている10人のアンバサダー(いろいろな層から選ぶ)を募集するか、見つけだして、任命することが不可欠です。
アンバサダーの特色は、だれもがメディアに語るだけの「物語」をもっていることです。アンバサダーは自らの意思でそれぞれ違った角度から、ゲノム編集トマトの魅力を伝えてくれるでしょう。また、その物語を記者に語れば、それがニュースになります。それが広報大使なのです。

ママ美 なるほど、なるほど。私もアンバサダーになりたい気持ちになってきました。

正美 苗の無料配布日を「ゲノム編集トマトの発祥記念日」と決めましょう。そうすれば、それ以降はアンバサダーの出番到来です。
そこで強調したいのは、やはり広報の原点がいかに重要かということです。昨年12月に行われた筑波大学とサナテックシードの記者会見を見ていて、改善すべき点は多々ありました。広報の基本的なやり方を、さらにもう1回、次回の番外編としてお話したいと思います。