第30回 「ゲノム編集トマト」はどう報じられたか―新聞によって大違い(後編)

2021年1月15日

みなさま、あけましておめでとうございます。小島正美です。今回は、ゲノム編集トマトを報じた各社の記事の比較読み(ブログ第29回)の続編です。どの記者も同じ会見を聞いていながら、なぜ、それを伝える記事に微妙な差が生じるのでしょうか。それは、同じ現象を見ていても、見る角度(視線)が記者や報道機関で異なるからですね。特にゲノム編集トマトのように、市民の間で賛否両論が渦巻くようなテーマだと余計にその差が生じます。

 ママ美 前回は「苗の無料配布」の記述に着目しました。今回は何を比べるのでしょうか。

 正美 今回は「表示」と「反対派の学者コメント」を比べてみます。ご存じのように、ゲノム編集食品は従来の品種改良と区別がつかないため、法的な表示義務は不要となりました。とはいえ、開発者(届け出者)が、任意でゲノム編集だと分かるように表示するかどうかは大きな関心事です。各社の記事(20201212日付)は以下のようになっています。

毎日新聞=「苗や種にゲノム編集で開発した品種であることを明記する」
朝日新聞=「ゲノム編集である旨を表示するラベルをつくり、販売者に対して表示を強く求めていく」
読売新聞=「トマトを市販する際はゲノム編集食品の独自表示を義務づける」
東京新聞=「消費者の知る権利に配慮し、苗などに明示する」
産経新聞=「明示して苗を販売する」
日本経済新聞=「提供する苗や将来流通する果実にはゲノム編集技術を利用したと分かるよう表示する」
NHK=「販売する際は、ゲノム編集を行ったことを示すマークを付ける」

どの社も、言葉の表現は微妙に異なりますが、ゲノム編集トマトだと分かるように表示されて販売されることを伝えています。

表示の意味を正確に伝えたのは東京新聞だけ

 ママ美 この点では一致しているわけですね。

 正美 そうですね。ゲノム編集トマトを販売するサナテックシード(東京)の竹下達夫会長は会見で「消費者の知る権利に応えて、ゲノム編集だと分かるラベルをつくり、表示する」と明確に述べています。それを受けて、各社は報じているわけですが、表示するかどうかはやはり記者にとって重要性の高い関心事だという共通認識があることが分かります。

 ママ美 私も一消費者として「表示」にはとても関心がありました。

 正美 遺伝子組み換え食品やゲノム編集食品の問題で消費者団体が常に強調するのは、企業は「消費者の知る権利」や「消費者の選択の自由」に応えるべきだという要望です。この観点で見ると、サナテックシードの姿勢は消費者に良い印象を与えるものだと思います。
興味深いのは、この種の問題にいつも批判的な東京新聞だけが「消費者の知る権利に配慮し、苗などに明示する」と、あえて「消費者の知る権利」という言葉を入れて伝えていることです。会社側の主張を一番正確に伝えたのは東京新聞だったということですね。
 同じ「表示する」という言い方でも、その文章の前に「消費者の知る権利に応えて表示する」というふうに書いてあると、その企業のイメージアップにつながります。ちょっとした説明の有無がいかに重要かが分かりますね。

表示ラベルに込められた深い意味

ママ美 表示を見やすくするマークやラベルもあるのでしょうか。

正美 そこも重要なポイントですね。朝日とNHKはラベルかマーク付きで表示すると伝えていますから、ラベルが存在することが分かります。しかし、他社の記事からはラベルの有無が分かりません。実は、記者会見ではそのラベルも公表されていました=写真

どんなラベルなのか知りたいところですが、ラベルを載せた新聞はゼロです。たぶん、記者たちはラベルを記事に載せるのは企業の「宣伝」につながり、宣伝に加担したくはないと思ったのでしょうね(もちろん記事のスペースの関係もあるでしょうが)。

ママ美 ラベルはニュースなのですから、それを載せることが結果的に宣伝になったとしても私は問題があるとは思いませんが、報道機関はそういう考え方をするということですね。ちなみにラベルはカラフルで、デザインも良いと思いました。

正美 実は、そのラベルには深い意味が込められているんですよ。ラベルには「この商品はゲノム編集技術で品種改良をしました」との文字を記載されています。あえて「品種改良をしました」という言葉を入れたのは、消費者への意識調査で「品種改良」という言葉にはネガティブなイメージがないことが分かったからです。つまり、従来の品種改良の延長線上に生まれた新しい技術なんだというメッセージを送り届けるために、「ゲノム編集技術」と「品種改良」をうまくミックスさせたわけです。

ママ美 深く考慮された表示だったのですね。

正美 そういう点は開発者側に聞いて初めて分かることですが、記者会見では表示に込められた意味を問う質問は出なかったです。

反対派の学者の意見はどのように扱われたか

 ママ美 「反対派の学者の意見」の比較はどうでしょうか。

正美 まず、ゲノム編集食品に反対する立場の学者の意見を記事に載せたかどうかが比較材料になります。
たとえば、 朝日新聞は、山本卓・広島大学教授の「安全性には問題ない」とのコメントのあとに、石井哲也・北海道大学教授(生命倫理学)の「今回の届け出をもって、ゲノム編集食品の消費者への受け入れが進むとは考えにくい」とのコメントを載せています。賛否双方のバランスをとった格好ですが、コメントの順序が気になります。先に肯定しておいて、そのあとで「でも危ないかもしれない」という意見を載せれば、危ない印象のほうが残りますね。朝日新聞はやはり慎重派の学者で締めくくりたいのでしょう。

ユニークだったのは産経新聞です。記事の前半で石井教授の「『消費者に有益な成分を多く含むゲノム編集食品の了承は、日本の農業の変革点となり、意義深い』と評価する」と書いていますが、後半では一転、以下のような内容が出てきます。
 「ただ課題もあり、農作物の花粉が栽培時に飛散すると生態系を乱す恐れが指摘される。石井氏は『住民の理解が得られなければ、海外での生産が求められる可能性もある』と指摘する」

ママ美 随分と批判的なトーンですね。

正美 この記事からは、生態系を乱すと話したのが石井氏かどうかは分かりませんが、あえて記者が生態系への悪影響に触れたのは、おそらく、この記者の価値観とデスクの意向が反映されたのだろうと推察します。この記事を読んだ人はゲノム編集トマトの栽培で生態系が乱れるという懸念をもったかもしれませんね(この問題については、いずれブログで取り上げます)。

また、同じ石井氏のコメントなのに、朝日と産経ではかなり異なるのもおもしろいですね。
このように、学者のコメントの使い方や記者のちょっとした指摘で、記事のトーンがかなり変わることが分かります。どの社の記者も、自分の
意見を記事に書くわけにはいかないため、その意見を学者に託して記事化する場合があることも知っておきましょう。学者のほうも、自らのコメントが記者の都合のよいように使われることがあることを知ってコメントするとよいですね。

広報リリース文がなかったことが、記事の不ぞろいの一因

2回にわたる記事の読み比べで分かることは、記者会見での「広報」がいかに重要かということです。ゲノム編集トマトで学者・会社側が一番強調したかったこと、一番記事にしてほしかったことは何だったのでしょうか。各社の記事から、それを見つけるのは容易ではありません。なぜなら、記者が脚色して伝えるからです。

そこで重要なのが、会見で記者向けに出す「広報リリース文」です。今回の会見自体は内容の濃いものだったと思いますが、残念ながら、主催者側が記事を通じて読者に一番伝えたいことを記した広報リリース文はありませんでした。今回の会見で一番伝えたいことは以下の3つです、といったリリース文の提供は必須のはずですが、それがなかったことが記事の不ぞろいを生んだ一因だと思います。

もしリリース文がサナテックシードのホームページに載っていれば、各社の記事がどこまで正確だったかを検証することもできます。

今後、ゲノム編集トマトが社会に受け入れられるかどうかは、代替肉も含めて、これから増えてくるバイオテクノロジー食品の展開に重要なカギを握ります。そこで、もし私がゲノム編集トマトの広報担当プロデューサーだったら、どうやって売るかを考えてみました。それは新人の歌手を売り出すのと同じです。次回のブログで私のプロデューサー的アイデアを披露してみます。