第17回 ゲノム編集食品が日本で普及するための条件(下)

 こんにちは、小島正美です。きょうは、ゲノム編集食品が日本で普及する条件の3回目です。これまで2回にわたり、具体的にどういうものがゲノム編集技術で生まれているかを示しながら、議論をしてきました。きょうは、これらを踏まえ、ゲノム編集食品のメリットと課題を、遺伝子組み換え食品とも比較しながら考えたいと思います。
 最後にびっくりの新情報もありますのでお楽しみに。

ゲノム編集食品は、意外に生産者へのメリットが多い

ママ美 これまでのお話を聞いていると、魚の養殖場となる海のいけすの網に衝突して死ぬ頻度を減らす「おとなしい性格のマグロ」や、「除草剤をまいても枯れない稲」、「角のない牛」など、ゲノム編集による改良は、消費者よりも生産者にとってのメリットのほうが大きいという印象を強く受けますね。

正美 確かに、そういう面はあります。 遺伝子組み換え食品は、生産者へのメリットが大きいといわれてきたのに対し、ゲノム編集食品は、消費者に直接のメリットをもたらすというイメージを持っている方も少なくないと思います。しかし、こうして一つひとつをチェックしていくと、意外にも、消費者が喜ぶよりも生産者が喜びそうなものがけっこう多いことに気づきますね。

 ③角のない牛や肉厚のマダイなどは、生産者にとっては大きな経済的プラスがあるでしょうから、その生産現場にまで思いを寄せて、消費者が買うかどうかですね。消費者としてはもちろん、価格が安くなってくれるとありがたいですが。

ママ美 しかし、消費者にとって直接メリットがあったとしても、似たような競合品があったりすれば、インパクトが弱いように思います。

正美 そうですね。今後、最も注目され、しかも有望なゲノム編集食品と期待されている、血圧の上昇を抑える「高GABA(ギャバ)トマト」にしても、似たような競合品(高GABAチョコレートなど)がたくさんあるので、市場の中で勝ち抜くのは容易ではありません。この9月にもキューピーなどが「高GABAポテトサラダ」を販売するようです。今や市場はGABA(ガンマアミノ酪酸)でガバガバあふれています。

ママ美 せっかく日本発のすばらしいゲノム編集トマトができたのに、ちょっとやきもきしますね。

正美 研究者たちの情熱はすごいですよ。ゲノム編集食品を開発している大学の研究者らは、「世のため、地場産業のため」と思って熱心に取り組んでいる人たちが多いです。そういう姿勢に接しているので、私個人のゲノム編集食品へのイメージはかなり良いです。ただ、そうは言っても、ゲノム編集食品が広まるかどうかの最終的な決め手は、食品の機能的なメリットや価格面で、消費者が買いたくなるかどうかですね。つまり、ママ美さんが「これなら買いたい」と思うモノが店にあるかどうかです。

ゲノム編集は「技術先行型」

ママ美 高GABAトマトなら、好奇心もあり、一度は買って食べてみたいです。

正美 結局は、開発者側が消費者にどれだけ魅力的なモノを出せるかにかかっているわけです。ゲノム編集食品の場合、消費者への魅力度が思ったよりも低い背景には、テクノロジーの誕生過程にその要因があるような気がします。

ママ美 どういうことでしょうか。

正美 新しい技術が生まれるときには2つのパターンがあります。

①「先に技術」が誕生し、そのあとにその技術を活用したいろいろなモノが生まれるパターン。

②こんなモノがあったらいいなあという「夢や情熱が先」にあって、その夢を実現するために、いろいろな技術が開発されるパターン。

 ゲノム編集は①の技術先行型に当たります。

ママ美 たしかに、「こんなトマトやジャガイモがあったら、みんなが幸せになるはずだ」という思いが先行して技術が生まれたなら、魅力度が先なので、すばらしいモノになりそうです。

正美 ゲノム編集食品は、クリスパーキャス9という使い勝手のよい技術が先に生まれ、その技術を使って「こんなモノができました」という感じでいろいろなモノが出てきた、という構図なのです。つまり、その技術の範囲内でできるモノしか生まれない技術的な限界があるわけです。

 そういう意味では、外部から遺伝子を入れる遺伝子組み換え技術のほうが応用範囲は広く、いろいろな夢を実現させてくれるのではと思います。

ママ美 遺伝子組み換え技術も、やはり必要そうですね!

正美 ゲノム編集も遺伝子組み換えも、何かを達成するための手段ですから、どちらも有用です。
 大事なのは、それらの技術を使って何を生み出すかです。人類がこれから直面する最大の課題はなんといっても食料とエネルギー源の確保です。化石燃料はいずれ枯渇します。たとえば、海や池にすむ藻類にゲノム編集を施して、バイオ燃料となる炭化水素オイルを大量に生み出す方法が実現すれば、エネルギー問題は大きく前進します。いまの藻類でも、すでにバイオ燃料にする計画があちこちで始まっています。そこへゲノム編集されたスーパー藻類が生まれたら、バイオ燃料の生産は飛躍的に増えます。

 消費者に直接のメリットがあるかどうかというよりも、本当はこういう人類レベルの課題を解決できるかどうかが重要です。そういう意味では農薬の使用量を減らしたり、干ばつに強かったりする遺伝子組み換え作物は相当の貢献をしていると思います。

ママ美 ゲノム編集だけでは限界があるということですか。


正美 個人的にはそう思っています。これまでゲノム編集は外部の遺伝子を組み入れていないという前提で話を進めてきましたが、実は、ゲノム編集技術は狙ったところに外部の遺伝子を入れることも可能です。遺伝子組み換え作物の場合は、狙ったところに遺伝子を入れることはできませんが、ゲノム編集なら、それができます

 ただ、外部から遺伝子を入れると法律ではゲノム編集ではなく、遺伝子組み換えとみなされるため、やはり外部の遺伝子を入れるタイプのゲノム編集への理解をもっと進めていく必要性を感じています
 というわけで、どんなテクノロジーも改良に改良を重ねていく小さな努力の蓄積の営みです。ママ美さんは、どんな夢をゲノム編集に託したいですか。

ママ美 ささやかなのですが、私は1粒がリンゴくらいの大きさのブドウを食べたいですね。小さな粒をいくつも食べなくてすみ、食べ終わったあとのきれいでない皮を、食べている最中に見ずにすめば、ブドウをよりおいしくいただけそうです。

正美  それなら、いまの巨峰が4~5倍大きくなれば実現します。ゲノム編集ではありませんが、巨イチゴはすでに生まれています。願望先行型のゲノム編集食品を期待しましょう。

日本発・高GABAトマトの安全性を、米国が認める

 最後にホットな最新情報をひとつ。ブログの前回の記事で、「高GABAトマト」(筑波大学が開発)が、日本の政府と開発者の事前相談で止まったままであることをご紹介しました。この「高GABAトマト」に関して、米国・農務省動植物検疫局から「このゲノム編集トマトは植物保護法の規制対象とはならない。外来の遺伝子が組み込まれていないことが確認された」との見解が出ました(高GABAトマトのベンチャー企業「サナテックシード株式会社」のHPよりhttps://sanatech-seed.com/ja/airprosess200817/)。

 つまり、まず米国政府が大丈夫だと認めたのです。日本より先に米国で販売も可能ということなのでしょうか。日本政府は何をモタモタしているのでしょうか。

 きょうのレッスンは、今後、たくさんのゲノム編集食品が登場してきますが、一つひとつチェックしていくと消費者よりも生産者へのメリットが意外に大きいことが分かったことです。でも、本当に大事なのは、私たちの食料を支えてくれる生産者へのメリットが大きいことこそが重要ということです。消費者は気まぐれですから。それにしても、高ABAトマトのデビューはいったい、いつになるのでしょうか。