第19回 「政権批判」に惑わされず、「必要な科学情報」を探し出そう

2020年10月2日

こんにちは、小島正美です。きょうは、首相の交代を題材に、リスクコミュニケーションについて考えたいと思います。

ママ美 安倍首相が辞任は、突然でびっくりしちゃったわ。

正美 コロナ禍がいまも続いているせいか、安倍首相と言えば、私は新型コロナに関する2月の全国一斉休校を思い出します。
安倍首相が休校を要請した時、私の古巣の毎日新聞の社説(3月10日付)は、「首相は科学的分析尊重を」の見出しで、安倍首相が専門家会議の意見を聞かずに休校要請を打ち出したとして、科学的分析をもっと踏まえてほしいと求めていました。この記事を読んで、私はびっくり仰天しました。

ママ美 ええ、どうしてですか?

正美 私は新聞記者時代、新聞社が科学的分析をあまり重視しないことを疑問に思うことが少なくなかったからです。これまで科学をさほど尊重してこなかったのに、いまさらよく言うよって、ちょっと鼻白んでしまったわけです。

ママ美 でも、コロナ対策をするなら、政府には科学的分析を踏まえて実施してほしいと思います。

科学的な分野の「政権批判」報道には要注意

正美 それはもちろん、同意します。でも、では過去の新聞報道はどうだったんですか、と問いたくなるのです。
たとえば、福島第一原子力発電所の事故に伴う放射性物質のリスクや残留農薬のリスク、遺伝子組み換え食品、ゲノム編集食品の安全性などに関する問題です。
これらを振り返ると、政府がどれだけ科学的な分析をして、根拠とともにリスクの大きさを示しても、新聞は「でも、消費者は不安だ」と言ったり、「異端的な学者の意見を重視して、それでも危ない」と主張したり、常に政府を批判していたんです。

ママ美 科学的分析の結果を尊重してこなかったんですね。

正美 少なくとも多数の科学者の総意を重視しなかったといえます。
たとえば、当ブログの第14回~17回で紹介した、ゲノム編集食品です。政府から依頼を受けた科学者が、ゲノム編集食品は従来の品種改良と変わりなく安全だといくら科学的に説明しても、新聞は「それでも消費者は不安だ」とか、ごく一部の学者を引用して「本当に安全か」と書いてきたのです。科学よりも、市民感情に寄り添った報道と言えるかもしれません。
メディアの役割は、科学的な分析結果を分かりやすく解説し、消費者にしっかりと理解してもらい、科学者と市民のギャップをつなぐことだと思いますが、多くの新聞はそういうリスクコミュニケーションを行おうとしませんでした。

ママ美 科学よりも政府を批判することに主眼を置いたというわけですね。

正美 そうです。そういうわけで、日ごろは科学をさほど尊重していないのに、政権を批判する時だけは「科学的な分析を尊重せよ」とカッコよく言われても、ちょっと面食らってしまったという次第です。

ママ美 ただ、政権を監視することは、新聞の役割の一つではありませんか。

正美 もちろん、政治や社会問題で政府を批判することは大いに必要です。
しかし、現状は、科学や健康・医療の分野に同様の手法を用いており、私はここに問題があると思います。

ママ美 科学的な分野でも、政府批判ありきで報道することの、弊害ってあるのでしょうか。

正美 もちろんあります。たとえば、3月14日に、緊急事態宣言ができるようにする、新型インフルエンザ等対策特措法の改正が、参議院本会議で可決されました。この時、朝日新聞は1面で「新型コロナの蔓延時などに、首相が緊急事態宣言を出し、国民の私権制限もできるようになる」と書きました。感染拡大を科学的に抑えるリスク削減効果よりも、安倍政権による私権制限に危機感を抱かせるようなトーンだったのです。
同じ紙面でコメディアンの方の「独裁的な首相に、こんな権限を与えて大丈夫でしょうか」というコメントも載せていました。あの程度の私権制限で独裁なら、西欧の首相はすべて独裁者ですね。

ママ美 あの時は首相の私権制限などより、緊急事態宣言でどの程度、感染リスクが削減されるかということを知りたかったわ。

正美 なのに、新聞はまるで戦前の治安維持法が復活するかようなトーンでした。
極めて科学的な判断が真剣に試される究極の場面でも、なお時の政権を批判することに重点を置いた論調を見ていて、これでは科学が正しく伝わるはずはないと落胆しました。

ママ美 読者が冷静な科学的情報がほしい時に、政権批判を優先させていたというわけですね。

正美 そう思います。
緊急事態宣言は、国民の健康、安全をどう確保するかという極めて科学的な分析を要するリスクコミュニケーションの問題でした。それに徹した科学報道をすべき時にも、毎日や朝日新聞は政権への批判を優先させていたように見えましたから、きっと何があっても安倍首相が嫌いなのでしょうね。しかし、現場の記者は、科学と政治の問題を分けて報道してほしいと思いますね。
だいたい、感染症に対するあの緊急事態宣言は、自民党政権ではなく、旧民主党政権が用意したもので、当時の新型インフルエンザに対してつくった極めて制限のゆるい法律を踏襲した内容でした。個人の政治的な自由を制限する治安維持法とは全く異なります。

一斉休校は、良く言えば「予防原則」だった!

ママ美 でも、安倍首相の一斉休校の決断は、ちょっと唐突だった気がしますね。

正美 確かにそういう面はあったでしょう。しかし、英国も当初は科学的根拠がないとして学校の一斉休校に否定的だったのですが、安倍首相の休校要請のあとに休校を命じています。結果的に安倍首相の政治的判断は準備不足の面はあったものの、間違ってはいなかったのです。
ここでおもしろいのは、市民団体や野党議員は、科学的な判断が難しい場合によく「予防原則」の実行を政府に迫ります。予防原則は俗にいえば、政治的な判断そのものです。あの休校要請も善意に解釈すれば、予防原則に基づいて実行されたとも言えます

安倍首相が予防原則(政治的判断)を実行した途端に、メディアは「科学的根拠がない」と批判しました。逆に安倍首相が予防原則を実行せずに、「いま科学的な分析を急いでいる。もう少し根拠が出るまで待ってください」と言えば、メディアは間違いなく「安倍首相はいつも後手後手だ。早く予防原則を実行すべきだ」と迫ったでしょうね。何がどう転んでも、毎日や朝日新聞は政権批判に傾いてしまう遺伝子をもっているんだとつくづく思いました。

ママ美 嫌われ総理に代わって、菅さんが新総理になり、少しは変わるのかな。

正美 今後どうなるかおもしろいですね。でも、時の政権を批判することが使命だと思っている記者は多いので、あまり変わらないと思います。ただ、大切なのは科学の分野と政治を分けて考えることなので、監視や批判が不要というわけではありません。

ママ美 私も批判は大事だと思います。

希望者全員へのPCR検査は不要

正美 しかし、科学や医療・健康の分野で読者が一番求めているのは、信頼できる的確な科学的情報です。最近のコロナ問題で言えば、PCR検査を希望者全員にやるべきだという市民受けする論調をしつこく主張するメディア(テレビ朝日やTBSの一部の番組など)がありますが、これも時の政権を批判しているかのようです。
大半の科学者は「PCR検査をやっても、正確に陽性だと分かる感度は70%前後とそれほど高くなく、約3割の人は感染しているのに感染なし(偽陰性)とみなされて、野放しになります。一方、100人に1人くらいは感染していないのに陽性(偽陽性)とみなされ、隔離されてしまいます。

ママ美 3割も見逃されてしまうのですか。

正美 正確な感度は分かっていませんが、一般的にそういわれています。仮にそういう限界のある検査を1000万人に実施すると300万人の偽陰性と10万人の偽陽性が発生します。そうなると、おそらく患者を受け入れる病院は崩壊し、全国に大混乱を生むでしょう。「日本の検査率は海外に比べて少ない」と言われることもありますが、そんなことはないと否定する科学者はたくさんいます。
大事なのは死亡者の数を少なくすることであり、検査の数を増やすことではありません。もちろん、全国に感染者が蔓延している場合は検査を増やす意義はありますが、日本はそういう状況ではありません。
こういう科学重視の声はテレビや新聞ではあまり報じられません。政権とは関係なく、もっと科学に徹した報道をもっと望みたいですね。そういう意味ではネットのほうがより科学的な情報が得られる時代になったといえます。

 きょうのレッスンは、メディアの役割は、政治と科学を分けて考えるべきだという点です。科学的なリスクを論じるときに政権への批判を持ち込むと、科学的に何が正しい情報かが分かりにくくなります。新聞やテレビを見るときは、その言論が科学なのか政権批判なのかを見極めるようにしたいものです。