第57回 びっくり! 北海道新聞に「遺伝子組み換えで健康が害された例なし」とのコメントが掲載
こんにちは、小島正美です。我が家のベランダや息子宅の庭で育てているゲノム編集トマト「シシリアンルージュハイギャバ」のトマトが毎日のように鈴なりになり、おいしく食べています。1株から50~60個の収穫です。皮はやや硬いのですが、サラダやパスタ、みそ汁にも入れています。
考えてみれば、昨年、ノーベル化学賞の受賞対象となったクリスパーキャス9(ゲノム編集技術のひとつ)を用いて作られた世界初のゲノム編集トマトを、他の人より先駆けて食する栄誉も感じています。大げさに言えば、人類史的なパイオニア体験です。
そんな感慨にふけっていたら、北海道新聞(8月14日)に「ゲノム編集食品 逆風強く」との見出しの記事が出ました。いったい、何を根拠に「逆風が強い」と言えるのでしょうか。
同記事の後半に札幌市内の会社員がモニターに応募したものの、菜園仲間から「遺伝子組み換えと同じでは。周囲の作物と交雑して健康や環境に被害を及ぼしかねない」と反対され、断念したという内容が出てきます。さらに「北海道といのちの会」が中心になって7月に150人規模の反対集会を開き、全国各地でも反対の署名運動や抗議活動が行われているという記述も出てきます。
どうやら、このような市民団体の動きをもって「逆風が強い」ということのようですが、遺伝子組み換え作物に反対してきた市民団体は今も昔も反対運動を続けており、「逆風」とはとても言えないと思います。が、北海道新聞の記者の手にかかると、一部の反対がさもあちこちで吹き荒れているかのような表現に脚色されることが分かります。もともと北海道新聞はこの種の煽りを好むDNAをもっているので、さして驚くことでもありませんが、それでも気になる内容を見つけました。
北海道は遺伝子組み換え作物の流通大国
それは、菜園仲間が「(ゲノム編集食品は)遺伝子組み換えと同じでは」と指摘したとする記述です。遺伝子組み換えが何か悪いものかのように書いていますが、記者は「北海道は遺伝子組み換え作物が日本でもっとも流通している自治体だ」ということをご存じでしょうか。酪農大国の北海道で使われている乳牛向け飼料のほとんどに米国から輸入されている組み換えトウモロコシが使われています。
別に北海道で生産される牛乳に対して「遺伝子組み換え作物を食べて育った牛の牛乳です」と言うつもりは全くありません(まったく無害なので)が、遺伝子組み換え作物を悪く言えば言うほど、その悪いイメージは北海道の牛乳に跳ね返ってくるという事実に記者はもっと想像力を働かせるべきだと思います。仮に遺伝子組み換え飼料を全く認めないということになれば、北海道の酪農産業は大打撃をこうむるでしょう。そういう背景にも思いをはせて記事を書いてほしいですね。
石井先生のお墨付きをもらった遺伝子組み換え作物
もっとも記事の前半の中身自体は、ゲノム編集技術をわかりやすく解説したもので、ゲノム編集トマトを開発した江面浩・筑波大学教授のコメントもあり、それほど偏った内容ではありません。私にとって、特におもしろかったのは、記事の締めくくりに登場した石井哲也・北海道大学安全衛生本部教授(生命倫理)のミニ解説です。
石井氏は、ゲノム編集食品の安全性に関して、「国は危険がないことの証明を事業者に求めていますが、検証の手順や分析方法は定めず、届け出側に一任しています。遺伝子組み換えの安全性審査とは全く異なり、安全性が担保されているかと聞かれれば、そう断言できません」と述べ、いつもの慎重論を主張しています。
ここまでは想定内なのですが、そのあと、石井氏は遺伝子組み換え作物の安全性にも触れ、「今まで承認された遺伝子組み換え食品で健康が害されたことは世界的に1例もないことも強調したい」と述べています。
ちなみに、石井氏は2017年に著した著書「ゲノム編集を問う」(岩波新書)で「遺伝子組み換え作物は、今のところ、食用安全性については概ね問題ない」とも書いています。それから3年。今度は「遺伝子組み換え食品で健康が害されたことは世界的に1例もないことも強調したい」と、あえて「強調したい」という言葉を使っているところに私は大きな関心を持ちました。
石井氏は、遺伝子組み換え作物やゲノム編集食品に反対する人たちの、いわば後ろ盾になる学者です。理論的支柱といってもよいでしょう。その石井氏が、煽り記事を好む北海道新聞で「健康が害されたことは世界的に1例もないことを強調したい」と紹介された意義はとてつもなく大きいと感じました。
私は長く遺伝子組み換え作物の安全性について取材をしてきましたが、現時点で「食べて危ない」と明確に主張する日本の学者(哲学や経済学の社会科学ではなく、生物学関係の学者)はいないように思います。石井氏の言葉に勇気づけられました。
最後に、北海道新聞の動きをよそに、ベンチャー企業「サナテックシード」から苗をもらった全国約5000人のモニター(栽培体験者)は思い思いにゲノム編集トマトの栽培や料理を楽しんでいます。逆風が強いとはとても思えないです。
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