第9回 人々を怖がらせる情報伝達のテクニック③
「究極の煽り言葉」に惑わされないためのメディア・リテラシー

 こんにちは。小島正美です。きょうは、「怖がらせるテクニック」の3回目です。究極の煽り言葉と、それに惑わされないためにどうすればよいかについて、お伝えしましょう。前回は「食品から農薬が検出された」という記事があっても、「量」が分からない場合はいたずらに不安にならずに踏みとどまりましょう、というお話でした。

ママ美 でも、よく考えたら、最初のうちは「量」を隠せても、そのうち「量はどれくらいだったのか」と疑問に思い、結局「微量」だと分かってきますよね。そうであれば、時間がたつにつれて「不安感」はなくなり、自然と解決することも多い、と考えられませんか。

正美 そう期待したいのですが、現実には、不安を煽りたい人たちがたくさんいます。農薬の残留量が「微量」と分かった場合でも、「基準値以下でも悪影響がないとは言い切れない」とか「基準値以下でも健康危害を完全には否定できない」、さらには「基準値自体が問題なのです」という巧みな言い方で、不安を煽っています。また、「農薬と発達障害の関係は無関係とはいえない」とか、「健康に影響する可能性は否定できない」とか、影響がゼロではないことを少しでも匂わす言葉を巧みに使って、不安を煽るわけです。

 どんな化学物質でも「悪影響が絶対にない(絶対に安全)」ことを証明することは不可能ですから、これらの言葉は週刊誌が多用するオールマイティの「不安扇動ワード」です。

奥の手は「母親と子ども」

ママ美 不安をかきたてる言葉はたくさんあるようですが、逆に安全だということを理解してもらう言葉はないのでしょうか。たとえば、ノーベル賞を受賞した山中伸弥氏のような信頼度の高い学者が「悪影響は、ほぼゼロです」と言ってくれたら、私たちはさすがに安心できるのではないでしょうか。

正美 確かに「ほぼゼロです」という言い方に対しては、「それなら安心かな」と思う人も出てくるでしょう。しかし、不安伝道師はそんなことでは負けません。そうなったら、奥の手を使います。

ママ美 奥の手! なんだか秘儀みたい。

正美 世の中にはいろいろな属性の人、人種がいますが、みずみずしい命に近い存在に対しては、世界中のだれもが共感や同情を寄せます。それはだれでしょうか。妊娠中のお母さんと赤ちゃん、子供です。つまり、最後は子供と母親を持ち出すのです。

 赤ちゃんは大人とは違います。新しく誕生した命そのものです。「たとえ基準値以下の量でも、まだ大人になっていない赤ちゃんに対しては、微量でも悪影響があるかもしれない。ない、と言い切れますか」と、感情を込めて熱く訴えられたら、なかなか反論しにくいですね。つまり、子どもや赤ちゃんを盾にして、「こんな農薬入りのパンを子どもに食べさせてよいでしょうか」と訴えれば、賛同や共感が得られるのは必至です。特に妊娠中のお母さんは命に敏感なので、「ごく微量でも危ない」と言われたら、すごく心配になり、オーガニック食品に飛びつくでしょうね。

ママ美 でも、少しでも健康にいいとされるオーガニック食品を食べておこう、という気持ちは私にも分かるかも・・・。

正美 オーガニック食品を食べようが、通常の食品を食べようが、健康への効果に差はないという確たる研究報告もありますよ。むしろオーガニックの食品のほうが健康に危ないという事例もあります。そんなバカなと思う人もいるでしょうが、この問題はいずれ回を改めてじっくりと解説します。

 子どもの話にもどりますが、子どもが直面するリスクはたくさんあります。親による虐待、感染症、不慮の事故リスク、ゲーム依存症(相当に深刻です)、貧困による栄養の偏りなどありますね。これらのリスクのほうがよっぽど高く、微量の農薬による健康リスクは「ほぼゼロ」か「無視してよいほどだ」ということも覚えておいてほしいですね。

「信念」で逃げる

ママ美 いまおっしゃった「リスクがほぼゼロ」と聞けば、さすがの私も安心してきますね。

正美 おっと、それでは不安伝道師役の私の任務が果たせていませんね。でも、「リスクがほぼゼロ」くらいで安心してはいけませんよ。たとえば、「ごく微量でも、農薬は体内に蓄積します。あなたや子どもは無事でも、やがて孫の代になって悪影響が現れてくる可能性があります」と言われたら、どんな気持ちになりますか。

ママ美 そう言われると、また不安になっちゃいます。

正美 ということは、ママ美さんは、もし農薬が体内に入っても、ほとんどはすみやかに代謝・解毒され、尿や便から排泄されることを知らないんですね。ママ美さんのように、事実とは逆に、農薬に対して「どんどんたまっていく」イメージを持っている人は多いです。ですから、「この農薬は、たんぱく質と結合するので、少量でも体内にたまっていき、やがては次世代の遺伝子にも影響します」などと、科学的な根拠はなくても、もっともらしい物語を語れば、意外に世間ではけっこう通ってしまっています。そんな嘘っぽい物語を実験で試す学者はいないので、言った者勝ちです。

 ある新聞社の論説委員が「遺伝子組み換え作物に含まれる遺伝子が体内に蓄積し、孫の代にも影響する」といった記事を書いた例を知っています。トンデモ論説委員ですが、聞くと「映画監督から聞いた」と言っていました。「孫の代まで影響する」という結論だけに共感して、すぐに記事にする記者がいるということですね。

 ママ美 「孫の代まで影響する」といわれると、なんか不安になっちゃうから不思議ですね。でも、いくらなんでも、そういうトンデモ話は科学者たちから批判されて、やがては消えていくのではないでしょうか。

 正美 そこがポイントです。多数の科学者から猛烈に批判された場合の究極の逃げ口上を教えましょうか。「それは私の哲学、信念です。いわばポリシーです」と言えばよいのです。これはどんな場合にも使えます。「微量の化学物質は孫の代まで影響し、やがて人類を滅ぼすのです。これは私の哲学です」といえば、科学的な筋書きなんかどうでもよくなります。実際、こういう話は信念(悪く言えばイデオロギー)が語らせるのです。

 もちろん、胎児期に母親が栄養失調になれば、その影響は生まれてくる子供まで影響が及ぶという説はあり、ほぼ科学界で支持されています。栄養の欠乏が遺伝子の働きに影響することは確かにあり、そういうメカニズムの研究はこれからも進んでいくでしょう。しかし、農薬や食品添加物の微量摂取で孫の代まで影響が及ぶわけではありません。

 ママ美 ここまで学んできて分かったのですが、言葉って、本当に強い力をもっていますね。でもだんだん、どういう言葉にどう注意すればいいかが分かってきました。さて次は?

 正美 3回でこの講座が終わるかと思ったのですが、あと1回は必要ですね。次は「発がん性」で脅す手口を学びます。次はリスクとは何かをも学ぶ白熱教室になりそうです。乞うご期待です。

 きょうのレッスンは、狙った化学物質の危険性を言いたいときは、「子供の発達障害と関係がないとは言い切れない」とか「安全だと証明されたわけではない」とかいう言い方を使うことです。そして、最後は「それは私の哲学(信念)、ポリシーです」と言って押せば、科学的な批判をかわすことができることを覚えておくことです。