第29回 「ゲノム編集トマト」はどう報じられたか――新聞によって大違い(前編)

2021年2月12日

こんにちは、小島正美です。26回目のブログで「『ゲノム編集トマト』の本当に重要な3つのポイント」を解説しました。その際は、毎日新聞と朝日新聞を取り上げて論じましたが、改めて読売、産経、日本経済、東京、NHKの計7つのメディアの報道を比べてみたら、内容が相当に異なることが分かりました。今回は、新聞を1紙だけ読んでいると、いかに偏った情報に洗脳されていくかを学びます。

ママ美 どの新聞もみな似たり寄ったりかと思っていましたが、そうではないんですね。

正美 たしかに似た部分は多いです。しかし、どの新聞、放送局にも社論やカラーがあり、記者も一様ではありません。
たとえば、原子力発電。毎日、朝日、東京は常に「反原発」の論調を展開する一方、読売、産経が肯定的な記事を多く載せる傾向があります。このように、メディアといえども決して中立ではありません。
社論だけでなく、記者が書いた原稿をチェックするデスク(民間会社では課長か副部長クラスの中堅記者)や記者個人の個性、価値観も記事に反映します。

ママ美 それは分かりますが、12月11日に行われた「ゲノム編集トマトに関する記者会見」の場合は、どの社の記者も、同じ発表内容を聞いているわけですから、どれも同じような記事になるのではありませんか?

正美 そこがおもしろいところで、記者が同じ会見を聞いていながら、全くニュアンスの異なる記事が発信されたのです。この点で、今回のゲノム編集トマトの記事は、格好のメディアリテラシーの教材になります。

「苗の無償提供」に対し、各社で分かれた反応

ママ美 26回目のブログ記事でまとめた「3つのポイント(無償配布、表示、審査)」を中心に、各新聞・メディア(12月12日付)を比べると、その差が分かりやすいと思います。

正美 そうですね。今回は、筑波大学発のベンチャー企業「サナテックシード」(東京)が「ゲノム編集トマトの苗を無料で消費者に配布する」という点に着目して比べてみます。

■朝日新聞:無反応

まず最初におもしろいのは、朝日新聞が「苗の無償配布」に全く触れていないことです。1面と3面の2ページを使って書いていながら、「苗の無償配布」が全く出てこないのは、ありえない話です。本当に不思議です。
会見に出席した朝日の記者が「無料配布は重要でない」と判断したと思えば、それまでのことですが、私は「無償で配布する」というプラスのイメージを嫌ったのでは、と推測します。というのも、朝日の記事全体を読むとゲノム編集に対して否定的なコメントが出てくるからです。記事全体からは、記者がゲノム編集トマトの良いイメージを、あえて書きたくなかった(デスクがそう判断した可能性もあります)ように見えます。

いずれにせよ、確実に言えることは、朝日の読者の中に「ゲノム編集トマトを栽培してみたい」と思う人がいても、朝日1紙だけを購読していると、無料で配布されるという情報を知ることはできないということです。

ママ美 他社はどうですか。

■毎日・読売・日経:一部反応

正美 毎日はたった1行だけ「家庭菜園向けに苗を無償提供し・・」と、さらっと書いていて、気付かないくらいです。
読売は「来年5~6月に苗を無償で配る」とあり、ネットで応募できることは書かれていません
日経は「インターネットからの申し込みを通じて家庭菜園用の苗として提供を始める」と書いていますが、なぜか「無償で」という言葉がない。消費者にとって「無償」か「有償」かは重要です。なぜ「無償」を書かなかったのか。うっかりミスとも思えず、これも不思議なことです。

ママ美 本当に、新聞によって報じ方がかなり違いますね。

正美 その他も見てみましょう。

■東京新聞:強く反応

個人的に興味深いのは東京新聞です。見出しに大きな文字で「苗を無償提供」と掲げ、冒頭の前文で「希望者に無償で提供する」と強調しています。
東京新聞は過去の論調を見る限り、遺伝子組み換え作物やゲノム編集食品に対して、批判的な記事を多く書いています。その延長線で考えれば、今回も反対派の学者のコメントを載せてもよいはずですが、「同社(サナテックシード)は消費者の知る権利に配慮し、苗などに(※小島注 ゲノム編集だと)明示する。新たなアレルギー物質や人体に有害な物質は生じていない」と安全性を強調しています。東京新聞さん、いったいどうしちゃったの!と思えるくらいのソフト論調です。

■産経新聞:意外にも無反応

産経は「ゲノム編集による健康で安全な作物を供給していきたい」と書き、「無償提供」に触れていません。産経なら社論からして「無償提供」を強調してもよさそうですが、これも不思議です。

NHK:普通に反応

「インターネットでの申し込みを通じて無料提供を始める」と素直に報じています。

■共同通信社:強く反応

主に地方新聞向けに記事を配信する共同通信社も興味深いです。
共同通信は会見当日(12月11日)の午後5時58分の段階で「ゲノム編集トマト 来春から流通 苗を当面無償提供 国内初」と題したニュースを配信しています(共同通信社のニュース配信一覧を参照)。
5時58分といえば、まだ会見の途中です。その途中に急いで「苗の無償提供」のニュースを配信したのは、共同通信の記者が「苗の無償配布」という予想外の展開にハッと驚いたからに他なりません。私と似た感覚をもったのでしょうね。
種子企業が種子を販売する相手は通常、農家です。なのに、まず消費者に無料で配るというのですから、驚くのは当たり前ですね。

ママ美 無償提供という言葉をめぐる記事を比べるだけでも、こんなに差があるとはびっくりです。
ただ、無償配布について、正美さんが「驚くのは当たり前」でも、記者の中には「驚かなかった(関心を持たなかった)」人がいたかもしれません。つまり、「無償配布」の持つ意味・価値に、着目した記者と、着目しなかった記者がいたのかも、という気もします。

正美 そもそも記事は記者と媒体会社が作り上げた主観的な情報ですから、違って当然だとも言えますね。

日本消費者連盟は強く反応

正美 話の向きをちょっと変えますが、昔からある消費者団体の日本消費者連盟は、この無償配布に強く反応しました。12月16日には無償配布の即時中止を求める緊急声明(同連盟のHPに掲載)を出し、「消費者への先行配布は人体実験以外の何ものでもありません」などと反対意見を述べています。
家庭菜園でゲノム編集トマトを栽培したところで、反対する人たちに危害が及ぶわけでもないのに、なぜ、自分の意思で栽培する人たちを排除しようとするのか、理解に苦しみます。
日ごろ、多様な意見が大事だと言っている市民派の人たちが、こと遺伝子組み換えやゲノム編集の話になると、非寛容な態度に一変する。なぜもう少し寛容になれないのか、自分たちだけが正義だと思っているその姿勢がちょっと気になりますね。

ママ美 ただ、日本消費者連盟は、無償配布のインパクトについてよく理解しているとも言えるかもしれません。
それにしても、応募状況はどうなのかしら。

応募は殺到

正美 ゲノム編集トマトの「シシリアンルージュ・ハイギャバ」の苗を求める希望者は多く、すでに3000人を超えました。高い人気ぶりに、会社側は「1世帯1人」までと申し込み条件を厳しくしました。最大4000人近くまで対応できるそうですが、それ以上の申し込みがありそうで、抽選になる可能性もあります。消費者の多くは意外にゲノム編集食品に興味をもっていることがよく分かりますね。
次回の(下)でもゲノム編集トマトに関するメディアリテラシーの話をさらに深く学びましょう。