第27回 アキタフーズ・元農相への献金疑惑の「見えない問題点」

2021年2月3日

こんにちは、小島正美です。きょうは食と政治と広報のあり方を考えてみます。なぜ、そんなテーマにしたかといえば、鶏卵生産の大手「アキタフーズ」(広島県福山市)の前代表(87歳)が自民党の吉川貴盛・元農相に計500万円を提供した疑いが、ニュースになったからです。

ママ美 東京地検が本格捜査に乗り出すようですね。しかし、正美さんは政治の世界にも関心があるんですね。

正美 政治が食や医療・健康問題にかかわってくると、私の関心の範囲に入ります。

ママ美 政治家にお金を渡して便宜を図ってもらおうとしていたとしたら、問題ですものね。

正美 そのとおりなのですが、今回、私は、違法なやり方への糾弾よりも、もっと賢いやり方があったのでは、と指摘したいのです。
実は、私はアキタフーズの前社長には何度か会って取材をしたことがあります。消費者に安全で安心な鶏卵を届けることに熱心な人でした。

ママ美 え!そうだったんですね。

正美 取材のきっかけは、2004年に大分、山口、岡山、京都などで高病原性鳥インフルエンザ(H1N1型)が79年ぶりに発生し、170万羽の鶏が殺処分される大事件です。
鳥インフルエンザウイルスは、感染した鳥に触れるなど、濃厚接触をした場合には人に感染しますが、鶏肉や卵を食べても、感染することはありません。万が一、肉にウイルスが付着していて食べたとしても、胃液などで死滅し、発症することがないためです。
このように、消費者へのリスクはなかったにもかかわらず、鳥インフルエンザを発生させた浅田農産(兵庫県姫路市)の夫妻が責任を感じ、首をつって自殺するという痛ましいこともありました。

ママ美 大騒動になりましたから、私も覚えています。

ワクチン接種が、アキタ社長の悲願だった

正美 当時、私は毎日新聞の生活報道部にいたので、当然、もし感染した鶏卵や鶏肉が流通した場合、「食べて安全か」や「人への感染はあるのか」といった問題を取材していました。
そのころ、鶏を殺さないで済むワクチン接種を主張していたのが、アキタフーズさんだったのです。そこで私は広島のアキタフーズの養鶏場まで行き、社長にも会って、なぜワクチン接種が必要かなどを取材したわけです。
防護服を着て、鶏舎の中に入りましたが、衛生管理の行き届いたすばらしい鶏舎でした。そんな縁があって、その後も社長さんが上京の折に何度か会って話を聞いたりしました。
そういう経緯のために、今年に入って鳥インフルエンザが発生するたびにワクチン接種の是非が脳裏をよぎっていました。

ママ美 それで、どこで政治が絡んでくるのでしょうか。

正美 当時、ワクチン接種は認められていませんでした。それで、アキタの社長さんが悩んでいたのが、どうやったら、政治家が自分たち(養鶏業者)の窮状を国会で取り上げ、ワクチン接種の実現を目指してくれるかということでした。社長は、いろんな国会議員に交渉していたのを覚えています。
しかし、ワクチン接種は結局、実現していないのです。これだけ獣医学が進んだのに、鳥インフルエンザは、ひとたび発生したら、いまだに鶏舎ごとすべての鶏を殺すしか方法がないとは、なんとも情けない気持ちにもなりますね。

ママ美 ワクチンがあるなら接種すればよいのに、なぜ認められないのでしょうか。

正美 ワクチンはウイルスを弱毒化または不活性化したものです。鶏に接種すれば、抗体ができて健康に育つわけですが、いったんワクチンを認めると、その抗体が自然に発生したものか、ワクチン接種によるものかが判別できなくなるというのが国の言い分でした。
簡単に言えば、抗体が見つかると鳥インフルエンザの発生国とみなされてしまう。すると、貿易に支障が生じるというのです。この方針は今も変わっていません。

ママ美 うーん。なんだかふに落ちませんが、いずれにせよ、殺される鶏は、かわいそうですね。

過去最多の330万羽が殺処分

正美 今年(2020年)も鳥インフルエンザが大発生し、12月上旬までに殺された鶏は11県で330万羽を超えました。殺処分数は過去最多です。動物保護の観点からも、いまこそワクチン接種の是非を議論すべきだと思います。

ママ美 330万羽も! 養鶏場の経営者も大変ですね。

正美 330万羽のうち、200万羽以上はレイヤーと呼ばれる採卵用の鶏です。肉用のブロイラーは生後45日前後で出荷されるので、鳥インフルエンザが発生しても、新たな鶏が育ってまた45日後には出荷できます。ところが、採卵用の鶏の場合は一人前に卵を産み始めるのは生後150日ごろからで、そこから約2年間も卵を産みます。

ママ美 その採卵鶏が殺処分されてしまうと、大きな投資が無駄になるし、次の鶏を育てるのにも時間がかかりますね。

正美 たとえ一定の補償はあっても、養鶏場の経営者は大変です。今、鳥インフルエンザの発生した産地周辺は恐々としているはずです。そういう中で、業界の代表が政治家に500万円のお金を渡した疑いがニュースになっているわけで、悲しいですね。
今回の疑惑は、国際的な厳しい飼育基準を緩めてほしいと訴えて、500万円を政治家に渡したと朝日新聞(12月4日付け朝刊一面)は報じていますが、そんなやり方ではなく、もっと別の方法で訴えるべきだったと思いました。

ママ美 別の方法とは何でしょうか。

広報戦略に力を入れ、議論を起こすべきだった

正美 ひと言でいえば、広報戦略です。お金で政治家に掛け合うことよりも、メディアを使って、世の中を動かすことにお金を使ってほしいのです。仮に、私が広報戦略費用として500万円をあずかれば、いろいろな記者たちにアクセスしたり、政治家にも訴えたりして、ワクチン接種の議論を起こす広報費用として使うでしょうね。

ママ美 たしかに、ワクチンがあるのに使われず、たくさんの鶏が殺処分されている事実を多くの人が知れば、ワクチン接種の方向に動く可能性はありそうですね。

正美 人はお金ではなく、情熱で動きます。政治家も同じだと思います。自分が情熱を持って語れば、記者も動くでしょう。いま話題のテーマなら、子宮頸がんなどを防ぐHPVワクチンも同じです。政治家にお金を渡しても、一過性で終わってしまう可能性が強いです。政治家といえども、問題の重要性を心底から悟ったときに自ら熱心に動くわけです。記者たちが動いてくれれば、政治家も世論の後押しを受けて、さらに動きやすくなるはずです。政治家と記者と市民(もしくは生産者)がウインウインの関係で世の中を改善して行くのが、真の広報、PRです。
PRは宣伝ではありません。パブリック・リレーション(人と人の関係を通じて、世の中を動かすこと)の略です。同じお金を使うなら、政治家にお金を渡すのではなく、パブリック・リレーションにもっとお金を使うべきだというのが私の考えです。

次回は26回目で書いた「ゲノム編集トマト・3つの重要なポイント」の続編として、主要な6紙がどう報じたかを解説するメディアリテラシーの話をします。