第33回 「ゲノム編集トマト」の魅力をどう伝えるか――もし私が広報プロデューサーだったら(番外編)

2021年2月12日

こんにちは、小島正美です。今回は、ゲノム編集トマトという新人歌手をいかに売り出すかという仮想実験の番外編です。広報の基本を学ぶ講座も兼ねています。

ママ美 前回のブログでは、昨年12月11日に筑波大学広報室とゲノム編集トマト「シシリアンルージュハイギャバ」を販売するベンチャー企業「サナテックシード」(以下、サナ社)の共同で行われた記者会見について、「改善すべき点がある」として終わりましたね。どこを改善すべきなのでしょうか。

もったいなかった「1社2人まで」

正美 全体としてみれば、内容の濃い話が聞けて良かったと思います。ただ、もっと工夫できると感じた点がいくつかありました。
一つは、記者の集め方です。「1社2人まで」という制限がありました。コロナで密を避けなければならないという事情はもちろん、理解できますが、会場はソーシャルディスタンスを考慮してもまだ10人程度はゆうに入れました。私の友人の記者は「申し込んだのに、断られた」と残念がっていました。これまでこのテーマについて精力的に書いてきた記者で、座席に余裕のあるなかで断ったのはもったいなかったと思います。主催者側は、日ごろ、どんな記者がどんなことを書いているかを把握していなかったのかもしれません。

ママ美
 1社2人なら、十分ではありませんか?

正美
 今回の会見の内容は、全国的な注目を集める大きなネタでした。にもかかわらず、今回の「1社2人」はカメラマンも含めてというカウントです。仮に筑波大学のある筑波支局(茨城県)の新聞記者(日ごろ、筑波大学の研究に関する記事をよく書いている記者たち)と東京本社のカメラマンが来たら、これでもう2人です。東京本社の科学部や社会部、経済部、生活系の記者は参加できなくなります。
ゲノム編集トマトのような新しいバイオテクノロジー食品(ハイブリッド食品)は、科学技術が社会にどう受け止められるかという「科学と社会の接点」を扱うテーマなので、科学部の記者だけが記事を書くわけではありません。

ママ美 でも、1社から1人、記者が来たらよいのではありませんか。

正美
 それはちがいます。同じネタでも所属する部署によって、記者の視点は異なるからです。
科学部の記者は文字通り、科学的な成果にフォーカスして記事を書きます。一方、新聞の「くらし面」を担当する生活系の記者たちなら、おいしいのか、値段は安いのか、と言った消費者の関心に焦点を当てて記事を書きます。経済部の記者なら、企業のイノベーション創出事業の今後の展開にも興味を持つでしょうか。
ですから、いろんな部署の記者が参加していたら、さまざまな角度から記事を書いていたでしょう。欲を言えば、週刊誌や食文化・料理関係の雑誌の記者、フリーの記者も呼びたいところでした。
主な新聞社なら、1人の記者は100万人以上の読者をもつリスクコミュニケーターです。週刊誌や月刊雑誌でも、少なくとも1万人以上の読者はいるでしょう。記者は「科学と社会をつなぐ情報の伝達者」だという認識をもって広報したいものです。

伝えたいポイントが分かりにくかった資料

ママ美 2つ目は何でしょうか。

正美 会見場で記者に配布する資料のことです。今回、配布されたのは主に「ゲノム編集技術により開発したGABA含有量を高めたトマトの届出提出について」と題したペーパー2枚(4ページ)、サナ社の竹下達夫会長のコメント(2枚)、会社の概要冊子の3つでした。
会見のあった12月11日は、国にゲノム編集トマトの届出を済ませた当日なので、これまでの経過を説明した資料は確かに必要です。しかし、この会見で一番伝えたいことが何なのか、それが分からない。会長のコメントも長すぎて、何を一番訴えたいかがよく分からない書き方でした。


ママ美
 ずいぶんと手厳しいですね。正美 ゲノム編集トマトを応援したいからです。遺伝子の改変技術を用いた作物は、社会に大きく役立つ可能性を秘めています。しかし、先行した遺伝子組み換え作物は、日本でも栽培したいと願う農家がたくさんいたのに、反対運動が強く、その夢はことごとく砕け散りました。そういう悲しい姿を見てきたので、せめてゲノム編集作物くらいは、研究者や農家の願いをかなえ、社会のために軌道に乗ってほしいと思うのです。そのためには、適切な広報戦略は欠かせません

リリースのコツ:冒頭に強調したいことを3つにまとめる

ママ美 その温かい気持ちが通じるとよいですね。では、どのようなリリースを出せばよいのでしょうか。

正美 まず、冒頭に一番強調したいことを2つか3つにまとめ、そのあとには何を一般市民に伝えたいかが分かる説明を掲載しましょう。

ママ美 どこに価値(ニュースバリュー)があるのかを、明確に伝えるということですね。

正美 そうです。もちろん、記者がどう報道するかは分かりません。そこが広告ではない、PR(パブリックリレーション)の宿命です。しかし、まずは自分たちが価値と考えるポイントを、明確に提示する必要があります。
次に、そのリリース文を翌日までに自社のホームページに載せることが絶対に必要です。

ママ美 どうしてですか?

正美 翌日の新聞を読んだ読者に対し、記事の良し悪しを判断する材料を提供するためです。読者が記者と同等の立場でリリース文を読むことができれば、「記事の内容が、どこまで大学・会社側が発した情報と食い違っているか」が分かります。読者のみなさんが記者と同じ立場でリリース文を読むことができれば、少なくとも新聞やテレビというフィルターを通ったバイアス情報(なんらかの形で偏りがあるという意味)を鵜呑みにしないですみます。だからこそ、価値ポイントを記したリリースが必要なのです。

ママ美 なるほど。そういえば、国は記者向けの報道発表をホームページに載せていますね。

正美 そうそう、それと同じです。12月の会見に出席した私は、①苗の無料配布②ラベルを張って表示付きで売る③国との事前相談は国による実質的な安全確認と同じだーという3つの点をニュース性の柱とみて、ブログ記事を書いたわけです。しかし、それは私の見たポイントであり、筑波大学とサナ社がこの3つを強調したかったかどうかはいまも分かりません。ホームページを見ても、どこにも書いてないからです。
実際のところ、この第28回と29回ブログの「ゲノム編集トマトがどう報じられたか」で述べたように、各社の論調や解説は相当な違いがありました。それはそれでおもしろいですが、ちゃんとしたリリース文がなかったことがひとつの要因だったと考えます。

ホームページ:「市民との対話コーナー」設置を

ママ美 ホームページは重要なんですね。

正美 はい。たとえば、サナ社がどんなことをやっているかを知ろうと思ったら、記者なら取材できますが、一般の人はホームページを見るしかありません。実際にサナ社のホームページを見ると、ゲノム編集トマトに関する科学的な解説やFAQ(よくある質問)はよくできています。足りないのは「市民との対話」コーナーです。
ゲノム編集トマトの苗の配布などに反対している日本消費者連盟のホームページを見たら、同連盟からの公開質問状に対するサナ社の回答が載っていました。その回答は誠実なもので、自分たちに反対する団体にもしっかりと回答を寄せる姿勢はとてもすばらしいです。残念なのは、その回答が、サナ社のホームページに見当たらないことです。市民からの質問に対して、私たちはこう考えますというコーナーがあれば、会社や大学への信頼性はより高くなると思います。

ママ美 ゲノム編集トマトが普及するかどうかは、会社や研究者が消費者の不安、懸念にどう誠実に向き合うかがカギを握ると思いますので、市民との対話コーナーはつくってほしいですね。

正美 まさに信頼をどうつくり出すかが大事です。心理学の研究では、よく「人は科学的な事実よりも感情で判断する」と言われていますね。ゲノム編集トマトでも同じで、開発者の情熱の大きさがキーポイントだと思っています。

ママ美 どういう意味でしょうか。

正美 たとえば、これからは、ゲノム編集作物を研究・開発する研究者や事業者への講演依頼が増えることが予想されます。そうした講演で大事なことは、「夢」を熱く語ることです。余計な説明はあとに回し、まず冒頭で視聴者に向かって「なぜ、私はゲノム編集トマトを世に出すのか。そして、どんな課題を解決するために開発したのか」を、自信をもって情熱的に語ることが肝要です。
人は、冷たい科学的な説明には納得できなくても、それを語る人の「熱き心」には動かされます。「おまえの言うことは納得できないが、その心意気には敬意を払いたい。しばらくはあなたの夢がどうなるかを見守ります」と言ってくれるくらいに熱く熱く語るのです。
どんなモノにも、つくった人の意図が込められています。その意図を伝えることが大事なのです。

私の提案する愛称は「ノーベルくん」

ママ美 広報プロデューサーの仕事って、刺激的でやりがいがありますね。

正美 仮想実験ながら、プロデューサーになった気持ちでいろいろと提案してみるのはおもしろいですね。とにかく、ことあるごとに記者向け広報リリースを出すことに尽きます。苗を育てる、多彩な能力をもつアンバサダー(第32回ブログ)起用は必ず実現させてほしいですね。アンバサダーは取材の対象(もちろん取材に応じてもよいことが募集の前提になります)にもなる貴重な存在です。工夫しながら栽培する様子は「絵」になります。テレビ、新聞、女性誌がアンバサダーを取材して、ニュースを流すようになれば、半ば成功したといえるでしょう。
そして、いますぐにでも「愛称」と「キャラクター」(イラストでも、ゆるキャラのようなマスコット人形でも)を募集しましょう。私なら、「ノーベルくん」という愛称を提案したいですね。ノーベル賞の受賞技術で生まれたノーベルトマトというニュアンスです。
まだまだ述べたいことはたくさんあります。メディア報道の間違いをどうチェックするかも広報の重要な役割だと思いますが、これはまた別の機会にお話しします。