第36回 不正確な報道に対抗する方法(下)――報道された後の対策:メディア情報のファクトチェック

2021年2月16日

こんにちは、小島正美です。前回は、記事は記者と被取材者との共同作品なんだという話をしましたね。今回のテーマは、記事が出てしまったあと、政府か公的機関がメディア情報をチェックし、公開できないかという問いかけです。

政府:ファクトチェックするも非公開

ママ美 政府がチェックするという言葉の響きから、「権力による検閲」という感じを受けますが、そんなことが可能なのでしょうか。
正美 すでにチェックは行われています。朝日新聞が2020年11月24日付け記事で「内閣広報室が、テレビ番組やワイドショーでコメンテーターなどがどんな発言をしているかを記録した資料を作成している」ことを問題として掲載していました。
この記録資料の存在は、朝日新聞の記者が政府に情報開示請求をして初めて分かったと書いてありました。情報収集自体は旧民主党政権時でも行われていましたとのことです。私は、収集自体よりも、それを公開しないことが問題だと思いますね。
権力をもった人たちがメディア報道を検証することに対しては、当然、批判も出るでしょうが、かといって、間違った報道が野放しのままというのもよくないですね。政府が、反論の機会をもうけて、メディアの誤報を指摘して公開するということなら、異論は少ないかと思います。つまり、情報公開の透明性反論の機会の2つがそろうことが大前提です。

ママ美 たしかに、まちがいを指摘し、公開してくれるなら、私たちにとってもありがたいことと言えますね。
正美 テレビのワイドショーなどで、トンデモ発言をするコメンテーターや専門家をしばしば見ます。そういうおかしな発言を信じてしまう国民がいるわけですから、政府が「こんな発言がありましたが、○○は事実と異なります」と、堂々と政府のホームページで公開(もちろん、反論も受け付けます)してくれたら、私は間違いなく見ます。おそらく視聴率(アクセス数)は高いと思います。
ママ美 私も見ちゃいますね。
正美 新聞やテレビ、週刊誌は、読者からの反論を載せるコーナーをもうけていません。自分たちの主張を一方的に国民に向けて流すだけなので、おそらく読者の中には「読んでも反論できないなら、新聞の購読をやめよう」と思っている人がいるはずです。政府によるチェック活動が必要ではないか、という声が出てくるのは、実は、メディア自身の自浄作用が働いていないためです。逆に反論のページを載せる新聞があれば、私なら絶対に購読します。

かつては農水省が公開

ママ美 たしかにそういう面はありますね。それにしても、なぜ、政府はせっかく情報を集めておきながら、堂々と公開しないのでしょうか。
正美 おそらく、面倒なことになるのを嫌うからでしょうね。
実は、農林水産省も内々では農林水産関係の新聞記事に対して、この内容は「概ね事実 一部事実誤認 誤報」という3つの項目のどれに該当するかをチェックしています。今後の広報活動などに生かすための内部共有情報、という位置づけですが、専門知識をもった人たちが食や農業に関する記事をチェックしているわけですから、その評価結果は信頼できそうです。どの記事の、どの部分が間違っているかを知りたいと思う国民は多いのではと思います。
記憶は不確かですが、もう20年近く前、農林水産省はホームページで新聞記事の間違いを公開していました。その当時は「いや、すごいな」と私は感心し、参考情報として読んでいました。ところが、いつの間にか消えてしまいました。
こういうメディアチェック情報が公開されなくて、損をするのは国民です。間違ったニュースかどうかも知らされずに読まされているわけですから、ぜひ復活してほしいですね。

英国はファクトチェックを公開している

ママ美 政府が報道をチェックして、公表することは難しいのでしょうか。
正美 確かに難しい要素はあります。時の政権によって、科学的事実に関する考え方が変わったりすることもあるので、簡単でないのは確かです。
しかし、英国では、国営の医療サービスを行うNHS(国民保健サービス・National Health Service)のもとで専門家たちが「見出しの裏側で」(Behind the Headlines)と題して、医療・健康関係の記事に対するチェック活動を行い、その論評記事を公開しています。その活動目的は医療健康関連ニュースの裏側にある真実を知るためのガイド役( guide to the truth behind healthcare science in the news)との位置づけです。科学的に見ておかしな記事に対して、「○○新聞の○○の記述は科学的根拠がありません」と言った感じで批評を公開しているのです。
ママ美 それはとても有益ですね。食の安全や健康・医療記事にしぼれば、やれそうな気がします。日本でもぜひやってほしいです。
正美 厚生労働省の傘下にある国立医薬品食品衛生研究所にいる専門家なら、やってできないことはないと思います。

専門家有志によるファクトチェック

正美 公的機関の活動ではないですが、学者や製薬会社の専門家、テレビや新聞の記者が一緒になって、医療・健康記事(テレビ番組も含む)を読み解き、どの部分が科学的根拠に欠けるかなどを話し合い、よりよい記事の条件などを学ぶ「メディアドクター研究会」があります。2カ月に一度、勉強会を開いています。私も参加していますが、とても勉強になります。興味のある人はぜひ一度参加してみてください。
2月27日15時から「新型コロナウイルス感染症のワクチン報道 メリットとリスクをどう伝えるか」をテーマに勉強会があります。

http://mediadoctor.jp/menu/nextmeeting.html
ママ美 そんな活動があるんですね。私もぜひ、メディアドクター研究会に参加したいと思います。

 

ファクトチェックで、トンデモ入試問題が発覚

正美 実を言えば、民間では、私と唐木英明・東大名誉教授が共同代表を務める「食品安全情報ネットワーク」(FSIN、科学に詳しい専門家や記者などで組織したボランティア組織)も、メディア情報をチェックして訂正を求めたり、的確な情報をHPhttps://sites.google.com/site/fsinetwork/

で公開していく活動を10年以上行っています。といっても、全くの手弁当活動なので、理想通りには動いていませんが。
ただ、今年1月下旬には、「令和3年度大学入学共通テスト」の英語の問題で、人工甘味料が、がんを引き起こしたり、脳の発達に悪影響するかのような内容の出題があり、大学入試センターに適切な措置を求める要望書を出しました。https://sites.google.com/site/fsinetwork/

消費者庁は人工(または合成)だから危なく、自然だから安全といった考えは誤りだとして、昨年、食品添加物(甘味料や保存料など)の原材料記入欄に「人工」や「合成」という用語の使用禁止(たとえば、人工甘味料という言い方は禁止)を決めました。今度の出題は、それに逆行する記述です。文科省内にはいまも人工や合成のほうが危ないと信じている人たち(検定教科書を執筆する学者も含め)がいることが、図らずもこういう形で顕在化したとみるべきですね。
ママ美 大学入試共通テストの問題に書かれてあれば、私なら疑うことなく正しいと思ってしまいそうです。ファクトチェックは大事ですね。

正美 管理栄養士の国家試験に必要な情報を余すことなく記載したとされるテキスト「食品衛生学」(第4版、2020年9月第1刷、化学同人発行)を読むと「合成甘味料については、健康上の問題が指摘され、使用の可否が議論されているものが多い。たとえば、アスパルテームは脳腫瘍の原因となるとの報告がある。ステビアには妊娠抑制作用が報告されており、欧米では許可されていない」といった記述がみられます。でもステビアは欧米で許可されています。こんな誤った内容が、管理栄養士の養成テキストに掲載されていると思うとぞっとします。

ママ美 何を信じていいのやら・・・。

正美 管理栄養士だから、科学的な事実を話してくれるかというと、そうではない場合があることを覚えておく必要がありますね。
「食品安全情報ネットワーク」の問題提起は、いくつかのメディアに取り上げられ、そこそこ反響はありました。

ママ美 メディア報道をはじめ、さまざまな情報をチェックすることの重要性がよく分かりました。科学の勉強にもなり、おもしろそうですね。
正美 チェック活動には科学的知識が不可欠ですが、正直なところ、私の知識はとても浅いです。ただ、いろいろな専門家とやりとりする中で科学的なものの見方が身につくことが、個人的にはとてもプラスになっています。
次回は、いまコロナ感染を抑えるワクチン接種が大きな注目を浴びていますが、ワクチンの「有効率」の意味が正しく伝わっていない問題を考えてみます。