第58回 ゲノム編集技術で誕生した高オレイン酸大豆に強敵出現!

こんにちは、小島正美です。いま日本ではゲノム編集技術で生まれた「シシリアンルージュ・ハイギャバトマト」(血圧上昇を抑えるアミノ酸の一種のGABAを多く含んだトマト)が話題になっていますが、米国では一足先にゲノム編集大豆が販売されています。米国ミネソタ州にあるベンチャー企業「カリクスト社」(2010年設立)が開発した「高オレイン酸大豆」です。8月18日、そのカリクスト社のグローバル規制担当者の話をオンライン中継で聞くセミナー(ゲノム編集育種を考えるネットワーク主催)が行われました。

私はインタビュアーを務めました。いろいろと質問する中で分かったことをご報告します。そして、もうひとつ、高オレイン酸大豆に関して、驚くべきことも報告します。

もったいぶってはいけませんね。先に結論を言います。米国のカリクスト社が世界最先端のゲノム編集技術で開発した高オレイン酸大豆と同じ大豆が、実は、日本では従来の育種技術で誕生し、すでに販売されているのです。このことをみなさんはご存じでしょうか。

そこで、クイズをひとつ。健康によい新しい品種の大豆が店頭に2つ並んでいます。一方はゲノム編集技術で生まれた大豆、もう一方は従来通りの育種で生まれた大豆です。さて、一般の消費者はどちらを選ぶでしょうか。今回の記事は、そんな選択が世間の話題になるような時代がいずれやってくることを予感させる大豆の物語です。

オリーブ油より安い値段で入手できる高オレイン酸大豆

オリーブの実といえば、オレイン酸(一価不飽和脂肪酸)が多く含まれ、健康によい食材として知られていますね。実際、香川県の小豆島でとれたオリーブ油は、抗酸化作用によって、血中LDL(悪玉)コレステロールの酸化を抑制する機能性が報告され、消費者庁所管の機能性表示食品として届け出られています。簡単に言えば、悪玉コレステロールを下げる働きがあるのです。

これに対し、一般の大豆はオレイン酸が2割程度しか含まれていません。オリーブ油並みの大豆ができないかと考えたカリクスト社はターレンといわれるゲノム編集技術を生かして、オレイン酸が約8割も含まれる大豆を開発したのです。オレイン酸をリノール酸に変換する酵素の働きを止めることで、オレイン酸が多く蓄積される大豆を誕生させたわけです。一般に大豆の価格はオリーブの実に比べて安いだけでなく、生産性も高い。消費者にとっては、手ごろな値段で大豆からオレイン酸が摂取する魅力はとても大きいですね。

カリクスト社の高オレイン酸大豆は、2018年に栽培が始まりました。ミネソタ州、アイオワ州、サウスダコタ州の生産者約80人が約7000ヘクタールで栽培しました。収穫された大豆は「高オレイン酸オイル」として、主にレストランやケータリングで使われています。

8月18日のセミナーにお招きした同社グローバル規制担当のクローエさん(女性)は「2020年の栽培は約3万ヘクタールに増え、生産者も数百人になりました」と3年間で4倍以上の増加ぶりを話しました。

ただ、栽培面積が増えたといっても、米国の大豆の作付け面積の約3200万ヘクタールに比べると、微々たる量です。まだスーパーでは販売されていません。日本向けに輸出を考えるほどの量でもないため、現在は米国内の消費拡大を目指しているそうです。レストランや消費者に対しては「ゲノム編集でできた大豆です」と説明しています。今のところ市民団体による反対運動もないということでした。メディアの取り上げ方を聞いたところ、「肯定的に報じている」とのことでした。

この高オレイン酸大豆は、通常の大豆油よりも、揚げ油としての寿命が3倍も長いため、レストランにとっては使い勝手がよいようです。しかも、手ごろな値段でオリーブ油並みの健康効果が得られるのであれば、消費者への経済的なメリットも大きいといえます。

この高オレイン酸大豆の人気ぶりを見ていると、消費者や外食産業へのメリットが大きければ、ゲノム編集食品でも社会に受け入れられる好例だと思います。

佐賀大学で突然変異を利用して高オレイン酸大豆を育成

カリクスト社の成功を目の当たりにして、ゲノム編集技術はすごい!と思っていたのですが、実は、佐賀大学が突然変異を生かして、オレイン酸が約8割も含まれる大豆を育成していました。その名は「佐大H01号」です。通常の大豆の約4倍のオレイン酸を含む点は、カリクスト社の高オレイン酸大豆とそっくりです。加工時に酸化されにくく、悪玉コレステロールを低下させる機能性も同じです。

高オレイン酸を誕生させた技術が異なるだけです。ゲノム編集技術は、従来の突然変異を利用した育種技術の延長戦上にあるといわれていますが、カリクスト社と佐賀大学の高オレイン酸大豆を見ていると、まさにこのたとえがぴったり当てはまる好例のように思います。おそらくゲノム編集でできるものは、時間さえかければ、従来の育種でもできるのでしょう。ただ、ゲノム編集技術は育種期間を大幅に短縮できる魅力がありますので、これからはますます重要な技術になっていくでしょう。

興味深いのは、仮にカリクスト社の高オレイン酸大豆が日本に輸入されるような時が来た場合、国産の高オレイン酸大豆と競合することになることです。はたして、がっぷり四つの戦いになるのでしょうか。

佐賀大学の高オレイン酸大豆は、佐賀県武雄市が全面的に後押しする方針で、高オレイン酸大豆を原料とする商品開発に補助金を出す活動も始めています。武雄温泉博物館ではすでに「高オレイン酸大豆を使った豆乳スムージー」が販売されています。今後、佐賀発の高オレイン酸豆乳や豆腐がスーパーに出てくるでしょう。牛や豚の家畜の飼料に混ぜて育て、健康によい「高オレイン酸メート」みたいなブランド肉も登場するかもしれませんね。ゲノム編集にせよ、従来の育種にせよ、地域の産業振興につながるブランド品の登場にはエールを送りたいですね。