第34回 不正確な報道に対抗する方法(上)

2021年2月12日

こんにちは、小島正美です。前回の記事の最後に「メディア報道の間違いをどうチェックするかも、広報の重要な役割です」と書きました。そうしたら、その話を早く書いてほしい、とのリクエストが届きました。
ママ美 そんなお便りが来るとは本当にうれしいですね。ということは、今回は急遽、メディア報道チェックの話に変更するということですね。
正美 そうです。報道には内容が不正確な場合も少なくないのですが、ふつうの読者はなかなか気付きません。ですから、たとえば、ゲノム編集トマトを販売するベンチャー企業「サナテックシード」のホームページ(HP)に「記事の検証」とか「メディアの誤解を解く」といったコーナーをつくり、「この記事は○○のところが事実と違います」といった検証結果を知らせることが必要です。

自社のHPに「報道記事の検証コーナー」をつくろう

ママ美 なるほど。たとえばゲノム編集トマトで、問題があると思った記事はありましたか?

正美 たとえば、記者会見について報じた産経新聞(2020年12月12日)の記事です。「農作物の花粉が栽培時に飛散すると生態系を乱す恐れが指摘されている」との記述がありましたが、これは大きな誤解を与える内容です。
ゲノム編集トマトを家庭の庭やベランダで栽培すると、周囲のトマトと交雑して生態系が乱れてしまう、と言っていると思われます。本当なら、ゆゆしき事態です。また、これからせっかく苗を栽培しようとする人たちに不安や罪悪感を与えてしまいます。
しかし、生態系が乱れることはない、と考えられます。

ママ美 そうなんですか。

正美 はい。トマトの交雑が、自然に起こることはまず、ありません。詳しくは、こちらに分かりやすく書かれているので読んでみてください。
☆日本植物生理学会の質問コーナー
https://jspp.org/hiroba/q_and_a/detail.html?id=2638

ママ美 ……。読みました。トマトは他の品種との交雑が起こりにくい自殖性の作物だとも知りました。自然はもとより、素人が人為的に交雑させようとしても、かなり難しいんですね。

正美 はい。それに「生態系の乱れ」との表現からは、ゲノム編集トマトとそれ以外の組み合わせの、雑種の”野良トマト”が勝手に続々と生まれる、と想定されているように、私には読み取れました。しかし、農作物というのは品種改良が重ねられたものなので、野生化する力強さはなく、手をかけないと育たないのです。

ママ美 ”野良トマト”が、次々に育つことは考えられない、というわけですね。
たしかに、よく考えればゲノム編集トマトが登場する前から、家庭菜園でいろいろな品種のトマトが栽培されているわけで、トマトの花粉が飛んで別のトマトと交雑し、新しい雑種トマトがそんなに簡単に生まれるなら、もうとっくに新種の“野良トマト”が続々と生まれているはずですよね。

正美 そのとおりです。しかし、もちろん、そんな現象は起きていません

ママ美 でも、「花粉が飛んで生態系が乱れるおそれ」説はよく聞きます。勘違いが広まってしまっている、ということでしょうか。

正美 そう思います。「生態系の乱れ」というのが「新種のトマトが生まれ、在来種が駆逐される」という意味だとしても、元々農作物というものは常に改良され、形を変えています。だいたい、トマトそのものが、元々日本にはなくて外国から入ってきた外来種であり、しかも野生トマトから品種改良されたものばかりです。今、食べているトマトは在来の野生トマトとは全く異なるトマトです。
もちろん、従来の品種改良のように、意図的に人工交配を施せば、交雑トマトをつくり出すことはできます。しかし、そのことが生態系を乱すわけではありません。現に生態系は乱れていませんね。

ママ美 そこまで知ったなら、新聞に「花粉が飛散すると生態系を乱す恐れ」と書かれていても、不正確だと判断できますね。ただ、専門知識がない読者――私を含め、大半の人が当てはまると思いますが――だと、まず記事に疑問を持ちません。仮に疑問を持ったとしても、自分で記事の真偽を調べることまでは、なかなかしません。

正美 はい。ですから、開発・販売する側としては、記事を検証し、正しい情報を分かりやすく自社のHPに載せ、広く知ってもらうことが大切なのです。たとえば、次のようにです。
「ゲノム編集トマトの栽培は本当に生態系を乱すのでしょうか。すでに家庭菜園でいろいろな品種のトマトを栽培している人は全国にたくさんいます。もし、トマトの花粉が飛んで別のトマトと交雑し、雑種のような新しいトマトが生まれるなら、もうとっくに新種の“野良トマト”が続々と生まれているはずです。もちろん、そんな現象は起きていません。ゲノム編集トマトといえども、血圧上昇を抑える成分を多く含むことを除けば、従来のトマトと変わりません。そもそも、いま私たちが食べているトマトは外来種で、品種改良されたものばかりです。在来の野生トマトがあるわけではありません。安心して栽培してください」。

読者に代わって、記事の検証コーナーをHPに載せる意義は高いはずで、きっと読まれます。もちろん、「よくあるQ&A」で誤解をただしてもよいですが、メディアに載った記事を検証することが目的だと分かるほうが、メディアリテラシー(メディア情報を批判的に読み解くこと)にもなります。

すでに行われているファクトチェック

ママ美 ただ、個々の会社がメディア情報をチェックするのは、けっこう大変な作業ではないでしょうか。

正美
 そういう一面は確かにありますね。1社にこだわる必要はなく、業種ごとにやればよいのではないでしょうか。すでにそういう実例はあります。

ママ美
 あるんですね。

正美 はい。たとえば、農薬メーカーでつくる「農薬工業会」は、週刊誌に出た記事について、詳しい解説と反論をHPのトピックスというコーナーで載せています。週刊誌から来た回答も載せているので、そのやりとりを読むだけでも勉強になります。
月刊誌「農業経営者」を刊行する農業技術通信社がやっているウエブサイト「AGRI FACT」(アグリファクト)もチェック活動の好例です。HPには「農と食にまつわる噂・ニュース・風評の『ウソ?本当?』を検証するサイト」https://agrifact.dga.jp/

があります。これは主にグリホサート(除草剤)など農薬に関する誤解に満ちた記事やネットニュースを対象にしています。これを見ていると農薬に関するトンデモ情報が後を絶たないことが分かります。
また、日本食品添加物協会も、添加物に関する記事で時々載せていますね。
おもしろいのは原子力関係に関する記事です。以前、電力会社で組織した電気事業連合会が新聞の間違いをよく指摘していましたが、福島第一原子力発電所の事故が起きてから、他人様を批判している場合ではないとやめてしまいました。
次回は、公的機関によるファクトチェックについて紹介したいと思います。