第54回 スポーツは、「感染」を気にするより「観戦」を重視するほうが健康的です――JAGES研究成果からの考察

こんにちは、小島正美です。東京五輪の「無観客」観戦が決まりました。千葉から東京・新橋経由で川崎駅まで、常にほぼ満員の列車で通勤している私自身の体験から判断すると、なぜ無観客なのか、説得力に乏しいと感じます。それはさておき、多くの高齢者がステイホームや移動の自粛を強いられて、健康を害しているマイナス面にもっと注意を向けたほうがよいと思っています。
そのことを考えるうえで、日本老年学的評価研究(JAGES)の研究成果はとても参考になります https://www.jages.net/

JAGESは全国の約60の市町村と連携し、高齢者約30万人を対象とする大規模な疫学的研究を展開しています。心身の健康を考えるうえで「人と人のつながり」など社会的要因がいかに重要かを探る研究として、貴重な研究成果を次々に公表しています。
近藤克則・千葉大学予防医学センター教授らが中心となって、定期的にプレス発表会もやっています。いつも興味深い発表が多いのですが、残念ながら、新聞やテレビのニュースになるのはごく一部です。

観戦の頻度が増えると、うつ傾向のリスクは減少

7月10日に行われたプレス発表会(オンライン)でも、コロナ対策にとって有用に思える発表がありました。発表リリースの見出しは「高齢者 スポーツを『観戦』するだけで、うつリスク3割低い」でした。

この研究は、辻大士・筑波大学体育系助教が報告しました。2019年に全国60市町村の2万1317人を対象に、スポーツを観戦する頻度とうつ傾向(15項目の高齢者用うつ尺度評価)の関連を調べました。観戦の仕方は直接、試合会場で見る場合とテレビやインターネットで見る場合の両方を含みます。その結果、本人がスポーツをしているかどうかにかかわらず、スポーツを観戦する頻度が高い人は、全く観戦していない人に比べて、うつの割合が約3割も低いことが分かりました。

研究報告では、特にテレビやインターネットの観戦では、見る頻度が「年に数回」「月に1~3回」「週に1回以上」と増えるにしたがって、全く観戦しない人のリスクを「1」とすると、うつ傾向のリスクは「0.86」、「0.79」、「0.71」と比例して下がっていました。報告した辻さんによると、スポーツを観戦する人ほど地域に愛着をもっていたり、友人とのつながりが多かったりするので、そういう社会的な心の交流や地域愛も、うつ傾向のリスクを低下させている要因だそうです。

ちょっと単純でギャグ的な言い方ですが、大リーグの大谷選手がホームランを打つ姿を観戦することは、うつのリスクを減らすというわけです。

ただ、うつ傾向のある高齢者はもともとスポーツを観戦しないという逆の説明(因果の逆転)も可能だという余地も残っていますので、今後さらなる研究は必要です。それでも興味深い研究結果なのは確かです。辻さんは「新型コロナウイルス感染症の拡大によって、外出や人との接触が制限される中、テレビやインターネットのスポーツコンテンツを充実させることは、高齢者のうつの予防に役立つかもしれません」と話しています。

東京五輪・パラリンピックが中止になっていたら、たしかに感染リスクは減るでしょうが、観戦は全くできず、メンタルな部分のマイナスは大きかったと言えそうです。幸い無観客でも、テレビで観戦することはできますので、これがせめてもの救いです。北海道と福島県の知事は無観客観戦を決めました。ただ、感染リスク(個人的には観戦によるリスクは小さいと思いますが)だけを見て、大衆の感情におもねるような政治的判断は、食品添加物の無添加表示騒動に似ていて、どこか爽快感(納得感)がありません。

JAGESのホームページは有益情報の宝庫

一般的に健康を維持する方法として、食べ物を重視する傾向が強いと思いますが、JAGESの研究が貴重なのは、人と人のつながりや住む環境など食べ物以外にも重要な要因があることを教えてくれることです。

たとえば、高齢者約2万人の調査では、インターネットを使っている人は使っていない人に比べて、健康度や幸福度が高い(2020年4月公表)という報告があります。高齢者の社会的孤立は幸福を妨げる大事な要因だと分かりますね。
また、熊本地震で被災した65歳以上の高齢者828人を調べたところ、震災前に隣人への信頼度が高く、助け合いの豊かな地域では、うつ症状のリスクが低かったという研究報告(2020年5月)もあります。
さらに、1カ月に10人以上の友人に会っている高齢者は、会っていない高齢者に比べて、歯が2.6本多く残っているというユニークな研究成果(2020年9月)もあります。友達とよく会う人は緑茶を飲む頻度が多く、その緑茶に含まれるカテキンやフッ化物がむし歯や歯周病を予防している可能性を示唆しているようです。多趣味な高齢者ほど死亡リスクが低いという報告もあります(2021年4月)。

こういう研究成果を見ていると、人と人の交流、地域への愛着などのソーシャルキャピタルがいかに大事かが分かります。とにかく一度、JAGESのホームページhttps://www.jages.net/ をのぞいてみましょう。健康維持に役立つデータの宝庫だと分かります。

感染リスクより大事なもの

こういう事実を知ると、新型コロナ対策で感染者の数だけを指標に「ステイホームしましょう」とか「飲食は4人まで」とか、極力、人と人のつながりを断ち切るような政策ばかりを行政は訴えているのがとても気がかりです。感染が減っても、人々の健康度や幸福度が下がってしまえば、元も子もありません。
個人的な体験ですが、昨年春、親友が難病になり、ついにホスピスに入ったため、会いに行こうとしたら、コロナ感染を理由に病院から面会を断られました。私にとっては、感染リスクよりも、最後に友人に会うことのほうがはるかに大事なのに、会えませんでした。結局、その1カ月後、友人は他界しました。こういう経験もあってか、コロナ感染対策では、感染者の数だけを見て判断しないでくださいと心から訴えたい気持ちです。感染リスクよりも大切なものが世の中にはたくさんあります。