第55回 セシウムが検出された福島産ハチミツは、危なくない
こんにちは、小島正美です。「感染よりも観戦」(第54回)で「感染リスクよりも大切なものがたくさんある」と述べた通り、東京五輪の熱い戦いは感動を与えてくれますね。そんな中、韓国が選手村で「福島産」を拒否し、独自の給食を用意している光景はとても不快感を覚えます。そう思っていたところ、福島県浪江町でつくられたハチミツから基準値を超える放射性セシウムが検出され、事業者が自主回収しているというニュース(毎日新聞7月23日)が飛び込んできました。韓国の中央日報はさっそく「放射性ハチミツ 日本福島騒然」(日本語版)と報じています。放射性ハチミツという言い方はどう見ても、差別的なニュアンスですね。今回は、だれもが知っていそうで案外と理解されていない「基準値の意味」を考えてみます。
まず、ハチミツからは、どれくらいの量のセシウムが検出されたのでしょうか。1キログラムあたり130~160ベクレル(ベクレルは放射性物質の量を表す単位)です。食品衛生法で定められたセシウムの一般食品の基準値は1キログラムあたり100ベクレル以下なので、たしかに法的な基準値を超えています。基準違反であれば、法律によって販売することができないので回収自体はやむを得ません。それでも、あえて言えば、町がカタログギフトとして販売した2本セットの計約1340個が回収・廃棄されるとなると、実にもったいない気がします。タダでもらえるなら、私は絶対に食べます。
「食べて危ないかどうか」と問われれば、「危なくない」と確実に言えるからです。その答えはあとで鮮明に分かります。
このハチミツのケースでセシウムが1キログラムあたり50ベクレルだったら、基準値以下なので、そのまま流通しています。では、50ベクレルが安全で、130ベクレルが危ないといえるかどうかです。基準値は1キログラムあたりの割合(濃度)を指す数値ですが、数字の小さい50ベクレルのほうが危ないと言えるようなケースがあります。
基準値は健康影響を見る指標ではない
基準違反となった1キロ瓶に130ベクレルのセシウムが含まれたハチミツを買って食べるとしましょう。そのハチミツの瓶から10グラムをスプーンですくってパンにつけて食べたら、10グラムは1キログラムの100分の1ですから、1.3ベクレル(130ベクレル×100分の1)のセシウムが体に入ります。
一方、同様に、私が1キログラムあたり50ベクレルのセシウムが含まれたハチミツ(基準以下なので流通)を食べたとしましょう。私はハチミツが大好きなので、50グラムのハチミツをパンに塗って食べます。50グラムは1キログラムの20分の1ですから、私の体に入るセシウムの量は2.5ベクレル(50ベクレル×20分の1)になります。
基準値以下のハチミツを食べた私のほうが、基準オーバーのハチミツを食べた人よりも、セシウムの摂取量は多いことが分かりますね。基準以下でも食べる量が多ければ、基準違反よりも多く摂取するケースがあるわけです。逆に基準違反のハチミツでも、少量食べる分には何ら問題はありません。
健康への影響は7万ベクレルが目安
仮に、130ベクレルのハチミツを1キロごと全部食べたら危ないのでしょうか。それも違います。実は、EU(欧州連合)では、なんとセシウムの一般食品の基準値は「1250ベクレル以下」なのです。今回の福島のハチミツは、EU内なら楽々と流通しているのです。つまり、EUでは、1キログラムあたり1200ベクレルのハチミツを1キロ食べても、健康に影響がないと言っているわけです。これでお分かりのように福島で違反となった130ベクレルのハチミツが危ないはずはありません。
ではなぜ、国ごとに基準値が異なるかというと、そもそも基準値は健康への影響をはかる物差しではないからです。基準値は国の事情によって、みな異なります。それは農薬の基準値でも同じ(最近は貿易障壁とならないよう平準化されつつあります)です。
では、何が健康への影響をはかる物差しかといえば、人体への放射線影響の被ばく量を表す「シーベルト」という単位です。1ベクレルを1個のセシウムと例えると理解しやすいです。たとえば、人がセシウムの摂取量を一つ、二つ、三つと増やしていった場合、やがては基準値作りの目安となる量に達します。その量がどれくらいかというと、だいたい7万ベクレルです。7万ベクレルのセシウムを体内に取り込むと、それがだいたい1ミリシーベルトの被ばく量に相当します。100ミリシーベルト以下は低線量被ばくといわれ、健康への影響は他の要因(喫煙や肥満、野菜摂取不足など)と区別がつかないと言われていますが、一応、規制を担当する日本の行政の世界では新たに浴びる1ミリシーベルトの被ばく量(1ミリシーベルトを超えたら健康に影響が生じるという意味ではありません)が食品の基準値作りの目安になっています。
EUも日本も、1ミリシーベルト以下に収めて健康政策を決めているという点では全く同じです。どちらも被ばく量が1ミリシーベルト以下になるように食品の基準値を設定しています。つまり、EUは1250ベクレルの食品が市場に出回ったとしても、それはまれなケースであり、それを国民が1回や2回食べたところで健康への影響はないという現実的な設定になっているわけです。それに対し、日本では国内で生産される食品は、北海道であろうと九州であろうと、全国どこでもセシウムで汚染されているという仮定で基準値が設定されたのです。とはいえ、どちらも健康を守る目標値は同じなのです。
先ほど7万ベクレルでおよそ1ミリシーベルトに達すると言いましたね。言い換えると1キロ瓶に含まれる130ベクレルのハチミツを毎日、1瓶ずつ食べ続けても、約540日でようやく7万ベクレル(530日×130ベクレル=約7万ベクレル)に達します。そんな食べ方をする人は絶対にいませんので、今回の130ベクレル程度のハチミツを回収して廃棄することが、いかにもったいないかが分かりますね。
ちなみに、厚生労働省や日本生活協同組合連合会の調査によると、現在、私たち日本人が通常の食事から摂取しているセシウムは1日1ベクレル以下です。もはや食事からはセシウムを検出できないくらいになっています。もちろん、福島などの山野草からは100ベクレルを超えるケースがときどき見つかりますが、それでもそれを食べたからと言って健康に影響が出ることはありません。
きょうのポイントは、基準値は健康への影響を測る物差しではないということです。これは農薬の基準値にもあてはまります。農薬の健康影響は1日許容摂取量(ADI)以下に収まっているかどうかで判断します。もちろん、だれかが意図的に食品に大量の農薬を混入させるような食品テロ事件では、基準の1万倍もの農薬が検出されることがあります。そういう特殊なケースでは「基準オーバーでも大丈夫」とはいえませんが、今回のハチミツのように、基準を少し超えた程度で食品を廃棄するのがよいかどうかについて、一度しっかりと議論する価値はありそうです。EUでは国にもよりますが、基準を超えても、いちいち回収まではしていないそうです。
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