第44回 ゲノム編集ジャガイモ、市場化へ前進  野外栽培実験がスタート

こんにちは、小島正美です。前回(43回)のブログで「ゲノム編集食品や遺伝子組み換え食品では、『バイヤーの壁』によって、表示制度を整えることでは、食べたい人の選択の権利は保障されない」との話をしました。今回は、これに関連し、国産ゲノム編集作物のジャガイモについて考えます。ゲノム編集ジャガイモは日本の農業を活気づかせるほどの可能性を秘めつつ、市場化の準備が着々と進んでいます。立ちはだかる「バイヤーの壁」にどう対応していくかも含めて、現状を見ていきましょう。

ママ美 ゲノム編集トマトは、これまでのブログで何度も登場したため、アミノ酸の一種のGABA(ガンマアミノ酪酸)をたくさん含むよう品種改良されたことを知っていますが、ジャガイモは、ゲノム編集によって何を変えたのでしょうか。

ゲノム編集で毒素を減らした

正美 ジャガイモにある毒素を減らすことに成功しました。
ジャガイモを料理する時、芽を取りますよね。ジャガイモは芽や緑色の部分に、ソラニン、チャコニンといった天然毒素がたまります。これを食べると、食中毒を起こします。毎年、小学校で栽培したジャガイモを食べて、食中毒が起きていますから、そのリスクは決して侮れません。
残念ながら、この毒素は加熱しても、毒性が失われにくいので、今はこの部分を取り除くしか方法がないのです。
そうした中、農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)と大阪大、理化学研究所などの研究チームは、ゲノム編集技術を使い、ジャガイモがもつ遺伝子情報のうち、この毒素を合成するSSR2と呼ばれる酵素を機能しないようにして、毒素の含有量を大きく減らすことに成功したんです。

ママ美 うーん。ジャガイモの芽を取る手間が省けるわけね。良いことは良いけれど、そんなに大きなメリットには思えないなあ。

正美 ゲノム編集作物のなかで一番乗りではなかったせいか、トマトに比べるとジャガイモは、メディアでの注目度は低かったのですが、これからはもっともっと記者はウオッチすべきですね。というのも、ジャガイモの市場規模は巨大で需要が大きいので、市場化されれば日本の農業を大きく活気づける可能性があるからです。

大量のロスを削減できる

正美 家庭料理にとっては小さなメリットかもしれませんが、ジャガイモを加工する業者や学校教材などにとってはメリットは大きいのです。何せ加工事業者は膨大な量のジャガイモを扱います。今は、ジャガイモの芽を除去することで大量にロスが発生していますが、ゲノム編集ジャガイモは、この大量のロスを減らせることができるわけです。労力も省けます。また、毒素が減ると長く保存できるようにもなりますから、これも食品ロスの低減に役立ちますね。こういう経済効果を経済学者がしっかりと計算して発表してくれれば、記者たちはきっと「ゲノム編集ジャガイモはすごい」と記事を書いてくれるでしょうね。ぜひ期待したいです。
それにいまのところ、競合する食べ物もありません

ママ美 なら、爆発的に売れるかもしれませんね。これからどうなるかが気になります。

正美 ウオッチすべし、と言った理由が分かりますね。そして今年4月、そのゲノム編集ジャガイモの野外栽培実験がいよいよ始まりました

ママ美 野外での栽培実験ということは、市場に出るのはまだまだ先なのでしょうか。

正美 研究チームは、数年後に市場に出すことをめざしています野外実験が始まるというのは、そこに向けて大きく一歩前進したということです。
実験室ではうまく育てられても、野外だと予測できない環境要因も考えられますので、実際にジャガイモを外で作って収穫し、生育具合や収量などを詳しく調べるのです。栽培は、茨城県つくば市の畑で春と秋の2回、行われる予定です。 野外実験の結果を踏まえ、農林水産省と厚生労働省へ届け出がされます。これが受理されたら、市場に出ることになります。

 ママ美 ジャガイモはスーパーに並ぶかしら。だとすれば、どんな表示で店頭に並ぶのか、いまから興味があります。

正美 ゲノム編集トマトは、血圧上昇を抑える成分を多く含むといった健康機能性を売り文句にできましたが、ジャガイモの場合は「食中毒の心配、ご無用」とか「毒のない安全なジャガイモ」とかでしょうか。

ママ美 「毒なしジャガイモで お料理楽々」なんてどうかしら。

正美 興味津々ですね。
問題は、このジャガイモでも「バイヤーの壁」(流通事業者が消費者の気持ちを忖度して、店に置かないこと)が大きく立ちはだかることが予想されることです。
では、なぜ、バイヤーは消費者と生産者の間にこういう障壁をつくってしまうのでしょうか。バイヤーは何を恐れて、壁を築くのでしょうか。この点について、前回(43回)のブログでも紹介した、小売り業についてよく知る岩井弘光さんが再び、その背景をメルマガで書いています。岩井さんの考察を基に、次回(45回)のブログでは、メディア、市民団体、事業者(企業)、専門家、政府の間に働く「不安の力学」を解説しながら、「バイヤーの壁」の背後にある恐るべき要因に迫ってみます。