第8回 人々を怖がらせる情報伝達のテクニック②
「不安」に踊らされないためのメディア・リテラシー
こんにちは。小島正美です。きょうは、「怖がらせるテクニック」の2回目の講座です。気を付けるべき、言葉の遣い方についてお伝えしましょう。情報を伝える側の考え方を知れば、「不安」をあおる情報に安易に踊らされなくなります。
ママ美 言葉の遣い方といわれてもちょっと想像できませんが、どんな内容が出てくるのかしら、ちょっぴりワクワクします。
正美 きょうは情報を伝える側の考え方を知り、不安に踊らされないためのメディア・リテラシーを、バッチリ身に着けてくださいね。
「農薬が出た」に、だまされない
正美 「食品から農薬が出た」と聞けば、ママ美さんは不安になりますか。
ママ美 そりゃ不安になります。
正美 それは、ママ美さんが――多くの人がそうかもしれませんが――、農薬=危ないもの、と思っているからです。だから「食パンから農薬が見つかった」と言われれば、「不安」になるのです。
ママ美 でも実際、農薬が食品に残留していたら、体に良くないですよね。不安になって当然ではないですか。
正美 いいえ。体に良くないのかどうかは、量によります。農薬の種類にもよりますが、一般的に言って、たとえば、その残留量の濃度が「1ppm以下」(ppmは100万分の1の単位)だった、と分かれば、ちょっと科学的な知識のある人なら「そんな微量なら、何の影響もない」と分かります。
本日の第1のポイントですが、数値、つまり『量』が明らかでない時、人は不安になりがちです。
ですから、有害な化学物質が「出た」という記事を読んでも、量が分からない場合は、「不安」にならずに踏みとどまりましょう。
「パンから農薬が見つかった」というだけで記事を書いてしまう「不安伝道師」のような記者はいます。しかし、ちゃんとした記者なら、読者が正しくリスクを判断するには「量」の情報がないと意味がないと分かっているので、量を確認するはずです。ですから、読者としては「農薬が残留している」などと書かれた記事を見ても、「数値」を確認して記していない場合は「信用するに値しない」と判断しましょう。
ママ美 なるほど。だれかが「○○が見つかった。危ないです」と数値もなく、大声で訴えている場合には、安易に不安にならないように気を付けます。
正美 ぜひそうしてください。重要なのは、その残留量が健康への影響を知る目安となる1日許容摂取量(ADI=生涯食べ続けても影響がない量)の何分の1(何%でも可)に相当するかです。ですから、この点について書かれてある記事を信用しましょう。
「取り沙汰されている」は要注意
正美 次に注意が必要な言葉にいきましょう。それは「取り沙汰されている」です。たとえば、「○○農薬と自閉症の関係が、取り沙汰されている」というような文章に出くわしたら、「不安に踊らされはしないぞ」とセンサーを働かせてみてください。
ママ美 でも、「○○農薬と自閉症の関係が、取り沙汰されている」と書かれていたら、野菜に残留している○○農薬を摂ってしまうと、将来生まれる子どもが自閉症になるかもしれない、と不安や責任を感じてしまいます。
正美 しかし、「取り沙汰」とは「世間で話題に取り上げられるさま」という意味です。つまり「うわさ」のことです。○○農薬を摂ってしまったら自閉症になる、という因果関係まで示しているわけではありません。
ママ美 そんなあ。それは書いた側の言い分で、読む方からすれば不安になっても仕方がないと思います。
正美 そのとおりですが、書いた方からすれば、「○○農薬と自閉症の関係が、取り沙汰されている」という記事に対し「そんな因果関係はない」と抗議が来ても、「『取り沙汰されている』と書いただけで、因果関係があるとは書いていませんから、訂正する必要はありません」と突っぱねることができます。
ママ美 釈然としませんが、相手の抗議を巧みにかわす「魔法の言葉」と言えそうですね。
正美 そのような「魔法の言葉」には、裏の意味を知ることで、対抗しましょう。「○○が取り沙汰されている」と書かれていたら、「うわさレベルであって、因果関係までは分かっていないんだな」と読みとり、いたずらに不安にならないようにしましょう。
農薬が「毒」と表現されていたら、さらっと聞き流す
正美 さて、お次は「毒物」です。
ママ美 毒物!? 「フードニュース」なのに毒物とは、おだやかではないですね。
正美 農薬を、そのまま「農薬」とせずに、「毒」とか「劇物」と表現すると、恐ろしいような感じに伝わります。「食パンから農薬が見つかった」よりも「食パンから毒物が検出された。怖(こわ)―」と、インパクトを与えるわけです。
ママ美 農薬のことですか。「毒物」なんて書いてあると、ギョッとして思わず読んでしまいます。
正美 それが書き手の狙うところです。そもそも人間は、安全な情報よりも、危ない情報に飛びつくように進化してきました。だからこそ生物間の競争に勝ち抜き、生き延びてきたのです。そういう人間の感情を覚醒させるような言葉を作り出すのが「不安伝道師」の役目です。そういう意味では、週刊誌の編集者のなかには国語力が問われる「不安伝道師試験」に間違いなく合格できる能力を備えている人がいます。
ママ美 「毒物」以外にも、不安伝道師がよく使う言葉はありますか。
正美 あります。地球温暖化の主な原因と言われている二酸化炭素(実は他にもいろいろな要因がありますが)を「有害なガス」と表現することです。
二酸化炭素には、有益な働きもあります。農水省が行った試験では、温室ハウス内で二酸化炭素の濃度を高めると収穫量が増えることが分かっています。野外に二酸化炭素を放出した農水省の試験でも、収量は上がりました。二酸化炭素は植物にとって食べ物ですから、二酸化炭素が増えれば、世界の食料は増えるでしょう。それに、北海道で稲が作れるようになったのは温かくなったおかげです。
でも、そういう二酸化炭素のプラスの面を知っている人は少ないので、「有害なガス」と言われれば、すんなりとマイナスイメージが焼き付けられるでしょう。
ママ美 私も二酸化炭素には、地球を温暖化する有害なガス、というイメージを持っていました。いつのまにかすり込まれていたのでしょうか。だまされないためにも、もっと国語力を身につけたいですね。次は?
正美 知っておいてほしい言葉がまだまだあるのですが、残念ながら、今日はもう時間ですね。続きは次回にしましょう。
きょうのレッスンは、「農薬が出た」といって脅されたら、まずは冷静になって、どれくらいの量かを尋ね、その量が微量であれば、心配は無用だと覚えておくこと。そして、農薬を「毒」とか「劇物」とかいって脅してくる手法には乗らないことです。悪影響があるかどうかは、アルコールや紫外線なども同じですが、すべて「量」次第だということを覚えておくことです。
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