第7回 人々を怖がらせる情報伝達のテクニック① 

2020年6月10日

こんにちは、小島正美です。

ママ美 きょうはさっそく登場させていただきますが、前回の記事で「人々を怖がらせるとっておきのテクニックを伝授します」と予告していましたね。でも、本当にそんな方法があるんでしょうか。

正美 もちろん、あるのです。自分の心の中にしまっておいてもモッタイナイので、この際、ママ美さんだけに虎の巻(兵法の秘伝書)を伝授します。大した労力はかかりません。分かりやすいように10項目にまとめました。第一は何だと思いますか。

第一位は「危険大好き」な学者を味方にする

ママ美 もったいぶらないで、早く教えてください。

正美 ハイハイ。では第一位を言いましょう。
 それは、農薬や遺伝子組み換え作物などに関し、常に「危ない」と主張する学者とその論文(言説)を大いに活用することです。そういう学者をここでは仮に「正義感あふれる危険大好き学者」と呼びます。専門分野は問いません。つまり、どんな学者でも構いません。専門が経済学の教授でもOKです。ただ同じ学者でも、旧帝国大学のような有名大学の先生なら、なおよいですね。

 たとえば、東京大学の先生(その専門は経済学や哲学でもかまいません)が「遺伝子組み換え作物を食べるとがんになる」と言ってくれれば、しめたものです。「東大の先生が危ない」と言えば、一般の人はたいてい信じます。そういう教授をお守りのごとく大事にし、自分の私製武器のようにどんどん活用し、マスコミに売り込むのです。新聞・週刊誌は、肩書のある東大の先生ならばと、釣り餌に食いつく魚のように飛びつき、記事を書いてくれます。現にそういう光景はよく見かけますね。

ママ美 どんな分野の学者もいいと言いますが、農薬や遺伝子組み換え作物について、自然科学系ではない先生の発言が、取り上げられるものでしょうか。

正美 むしろ自然科学系ではない学者のほうが活用しやすいので、よく取り上げられます。新聞やテレビ、週刊誌の記事を見れば、私の言っていることが当たっていることが分かるはずです。農薬や食品添加物、遺伝子組み換え作物などの問題では、経済学や倫理学など社会科学系の学者がよく取り上げられ、いとも簡単に「遺伝子組み換え作物を食べて自閉症になる」とか、こちらが想像もしないほど恐怖の話を語っています週刊誌や新聞記者たち(特に社会部記者)はそういう「危ない話」が大好きなので、波長の合う「危険大好き学者」と足並みをそろえて、陰謀論のような記事まで書いてくれるわけです。

ママ美 ちょっと信じられませんが、私も専門家の「肩書」は信頼の材料にしています。

正美 学者に限らず、大臣を経験したような元国会議員も一定の信用効果がありますね。実際、大臣経験のある元国会議員がデタラメなことを言ったり、間違いだらけの本を出したりしていますが、それでも、その元大臣を信じる人はいるようです。大臣だったという肩書はやはり大きな威力を発揮すると思います。

危険だとする異端的論文は必ず見つかる

ママ美 「危険大好き」学者を味方につけるとして、そういう主張をしている人はどうやって探し出すのでしょう。

正美 それは簡単で、ネットで検索すればどんな分野でも必ず異端的(間違っているという意味ではなく、多数とは異なるという意味)な主張を述べた論文は見つかります。特定の農薬で脳に障害が起きるとか、発達障害になるとか、そういう論文は必ずあります。食品のチーズやトマトにも含まれている「うま味調味料」(グルタミン酸ナトリウム)でさえも、ネズミの実験では脳に障害を起こすという論文があるくらいですから、人々を怖がらせる危ない論文は山ほどあります。

 ポイントは、どんな論文でも100%間違っているわけではないことです。ネズミに大量の化学物質を食べさせたり、脳や腹に注射したりすれば、必ず何らかの悪影響は出ます。そういう論文でも実験は実験です。農薬を攻撃したいときは「特定の農薬で子供の脳が危ない」と主張している異端的な論文を活用すれば、人々を不安にさせることは十分に可能です。そういう論文のもとになった実験にはなんらかの問題点はあるでしょう。しかし、論文の中身を詳しく読む市民はほとんどいませんので、どんな実験でも一定の不安誘発効果はあります。科学に弱い記者もそういう論文に飛びついてきますよ。

ママ美 でも、たった1人か2人の学者の主張であっても、効果はあるのでしょうか

正美 1人か2人の異端学者だから効果があるんです。遺伝子組み換え作物の世界の様子を科学的な観点で追った米国製映画「フード・エボルーション」の中で、オーガニック食品を神様の贈り物だと主張する女性が強く訴えていた言葉がとても印象に残っています。その映画で彼女は「一つでも、人の健康に危ないという研究があれば、私たちはそのリスクを避けるべきです」と力強く言ったのです。

 つまり、100人のうち、99人の学者が安全だといっても、1人が「危ないから気をつけろ」と自信たっぷりに訴えれば、その一人の学者を支持する市民はけっこういます。どんな言い方で支持するかというと、「あの学者は、権力に屈しない正義感あふれる学者だ。その学者をみんなで支援しよう」と。そうなれば、その学者はもはや英雄です。宗教の教祖のように信者も現れます

ママ美 それって、架空のお話なのではありませんか。実際に、そんな例があるのでしょうか。

正美 架空どころか、ありありです。たとえば、ゲノム編集食品問題(この問題についてはいずれ解説します)を見てください。危ないと出張する学者は2人か3人(生物科学系の学者)くらいですが、その学者はマスコミで引っ張りだこです。遺伝子組み換え作物でも同じような構図がありますね。子宮頸がんなどを予防するHPVワクチン問題でも、ごく少数の学者がマスコミを牛耳った構造がありましたね。世間をにぎわせる問題では往々にして、少数の学者のほうが強かったのです。海外に目を向ければ、ワクチン接種で自閉症になると訴えた英国の学者は、その研究が完全に否定されたいまでも、なお影響力を保持しています。

ママ美 少数の学者でも、強力な武器になるわけですね。

正美 そうです。そういう学者の名簿(リスト)を作り、その論文を手元に置いて、常に引用しながら情報発信すれば、不安を誘発させる兵器になります。現に週刊誌の編集部はそういう学者のリストをつくっています。リストがあれば、いつでも簡単に、労せずして人々を怖がらせる記事を容易に書くことができるのです。

学者リスト作りで思考を節約

ママ美 リスト作りは大変でしょうね。

正美 ちっとも大変ではないです。私はそのリストをすでに作っています。

ママ美 え! 正美さんも、人を怖がらせる本を書くのですか。

正美 いえいえ、そのリストを自分の思考の節約に役立てるためです。そのリストに載った学者が記事に出てきたら、その記事の信頼度は低い、という有力な判断材料になるでしょ。週刊誌をつい買ってしまう防止策にもなりますね。

ママ美 リストに出てくる人は多いのでしょうか。

正美 このコラムは、特定の媒体や人物を非難するために書いているわけではありませんので、いくらママ美さんでも名前の公開は難しいですが、全部で20数人です。その多くは週刊新潮や女性セブンなどに出てくる学者なので、だれでも簡単にリストは作れます。不思議なことに、リストに出てくる学者、専門家の顔ぶれはここ10年間変わっていないので、図書館に行って最近の週刊誌を見るだけで収集できます。

ママ美 そうそう、怖がらせる2つ目は何でしょうか。

正美 ひとつ目に時間をかけ過ぎましたね。残念ですが、このコラムは、1回の分量(文字数)を5~6分で読めるようにしています。続きは次回にお話ししたいと思います。この話だけで3回は続きそうですね。

 きょうのレッスンは、怖がらせる方法のひとつは、いつも危ないと言ってくれる学者とその論文を肌身離さず大事にし、フルに活用することです。そして、そういう学者を週刊誌や新聞に売り込むことです。