第41回 人工甘味料は危険? 波紋呼んだ、大学共通テストの英文
こんにちは、小島正美です。今回は、人工甘味料(もしくは低カロリー甘味料)の安全性について考えたいと思います。
ママ美 今回は私から質問ですが、市販されている人工甘味料って、体に良くないんですか?
正美 急にどうしたんですか。
人工甘味料が「がんや脳の発達に影響する」
と書かれた英文が出題された
ママ美 今年1月に、大学入学共通テストが実施されましたよね。その英語の問題で「低カロリー甘味料の中には、がんを引き起こす疑いや、脳の発達に影響を及ぼすものがある」との記述があった、との報道がありました。それで心配になっちゃって。
正美 その騒動はよく知っています。というのも、私が共同代表を務める「食品安全情報ネットワーク」(科学者などで組織したボランティア団体)が大学入試センターに訂正を求めたくらいですから。
結論から言うと、「がんや脳の発達に影響する」と入試問題で示された低カロリー甘味料は、実は「日本では流通していない甘味料」のことだ、という全く不可解な結末に終わったのです。
ママ美 ?? すぐには理解できません。不可解な話はあとで詳しく聞くとして、結局は、今国内で流通している人工甘味料は安全だということですね?
正美 普通に食べる分には、何も問題ありません。だいたい、普通に食べていて、健康を害するような食品が、堂々と市場に出回るはずはありません。
それに、ママ美さん、そもそも「人工甘味料は安全」という言い方や考え方が、不適切です。
ママ美 どういうことかしら。
正美 どんな食べ物でも大量に食べれば、問題が出ることもありうるからです。
アルコールやハムソーセージ類(人工肉)は世界保健機関(WHO)の傘下機関「国際がん研究機関」(IARC)によって、「発がん性あり」のグループ1に分類されています。グループ1には猛毒のダイオキシンやヒ素もあります。
「食べる量」を無視した安全論議は無意味
ママ美 え!こわいですね。
正美 いえ、こわがる必要はありません。このグループ分類は、潜在的な危害要因(ハザード)の分類にすぎず、実際のリスクとは関係ないからです。要は、アルコールも飲み過ぎれば、がんになるリスクが高くなると言っているのです。取りすぎれば良くないし、適量であれば問題はない。ですから、「アルコールは安全です」とか「アルコールは危険です」という言い方は、短絡的なのです。
ママ美 そう言われれば、そうですね。
正美 アルコールだけでなく、塩も砂糖も、取り過ぎれば体に良くありません。食品添加物の人工甘味料も同じように考えればよいのです。
つまり、どんな食品も「どんな食べ方をしようと安全」とは言えません。「食べ方」次第で健康への影響は異なるわけです。「量」を無視した安全性論議は意味がありません。
ですから、国が安全性の指標を決めるときも、急性毒性を除き、各種動物実験や疫学データを参考にしながら「1日に平均的に摂取する量を、毎日生涯にわたり食べ続けた場合に安全かどうか」を考えています。
そういう審査を経て国が安全と認めたものが市場に出ているのです。当然ながら、人工甘味料も安全性が確認されています。
危ないのは、「売られていない甘味料」??
ママ美 普通に食べていれば問題はないと分かって良かったわ。私は肥満気味なので、人工甘味料入りの食品をよく買うんです。でも、それならば、なぜ大学入学共通テストで、あんな問題文が出たのかしら。
正美 「不可解な結末」に話が戻りますが、あの問題文では、アスパルテーム、アセスルファムカリウム、ステビア、スクラロースという具体的な甘味料名があげられていました。
そこで「食品安全情報ネットワーク」は「これらの甘味料が、がんを引き起こしたり、脳に影響する証拠はない。訂正が必要だ」と迫ったのです。
ところが、センター側は、「(がんを起こす疑いの甘味料として)文中に“Some LCSs”(※LCSsは低カロリー甘味料のこと)と書いてありますが、このSome LCSsは問題文中に示された甘味料を指すものではありません」と言ってきたのです。
つまり、がんを起こす疑いがある、と言ったのは、政府が許可して日本で流通している人工甘味料もしくは低カロリー甘味料とは、「別の甘味料だ」というのです。
ママ美 ええっ?? 危ないと言ったのは、日本で売られていない甘味料のことだったというわけですか? 売られていないなら、あえて入試問題で危ないと指摘する必要もないですよね。信じられないような話ですね。
正美 この問題を報じた新聞報道によると、問題文で「危ない人工甘味料」とされたものが、具体的に何という甘味料なのか、について、入試センターは回答をいまも拒否しています。
ただ、大学入試センターが何と主張しようと、現実には、この問題文を読んだ学生たちは間違いなく、文中に出てきた甘味料が脳に影響すると解釈したはずです。そう解釈しないと正しく答えられない試験問題だからです。
広く市販されている具体的な甘味料名を記しておいて、「脳に影響するのは、売られていない甘味料のことです」という摩訶不思議な英文が、大学入学共通テストで出題された事実は、きっと歴史に残る珍事だと思います。
事実を広い角度から確認することが大切
ママ美 間違いや、ミスをすることは誰でもあり得ます。間違い――百歩譲って「誤解を生む表現」と言いましょうか――をしたことより、指摘をうやむやにしているように見える点の方が、気になりますね。間違いや誤解は、率先して修正すべきなのではないでしょうか。
正美 私もそう思います。文部科学省特有の体質もあるのでしょう。大学入学共通テストは「過去問」として、これからずっと受験生に読み継がれていきます。国の審査・許可を経て、きちんと製造されている人工甘味料が危険であるかのような誤解を広めかねず、とても残念です。
この問題文を、事前に文科省以外の食品科学の専門家がチェックしていたなら、このまま出題されることはなかっただろうと思います。学生さんたちには、この騒動から、事実を広い角度からしっかり確認することの大切さを学んでほしいですね。
ママ美 そこなんですが、科学者や医師の中にも、ごく一部ですが、「人工甘味料が危ない」といった主張をする人がいますよね。
私は肥満の方が気になるから、むしろ人工甘味料を使った食品をうまく活用していますが、私の友人たちのなかには、人工甘味料を危険だと思っていて、食べたがらない人もいます。ここにも、「人によって安全観が異なる」という非常に難しいテーマがからんでいますね。
正美 たしかにそうですね。どうして、同じ科学を学んでいるはずの専門家の間で安全観や意見が異なるのでしょうか。実をいうと、この「専門家の意見の相違・対立が、世の中の争いのすべての原因だ」と私は考えています。どんな問題でも追及していくと必ず専門家同士の安全観の対立にたどりつきます。この点についてもまたブログでお話しします。
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