第81回 バイオテクノロジーを活用し、日本でも「不耕起栽培」を

2023年8月2日

こんにちは、小島正美です。日本ではいまだ商業目的では遺伝子組み換え(GM)作物の栽培が実現していません。その状況を打破しようとする動きがいよいよ活発になってきました。今年春、鳥取市で稲や大豆などを大規模に作る徳本修一さんや、さいたま市で大規模な農業を営む中森剛志さんらが「バイオ作物ネットワーク」を結成し、世界の先進的な取り組みを日本でも実践していこうとする活動が始まりました。全国の農家を中心に100人以上の会員が集まり、滑り出しは上々です。

その第一弾の取り組みとして、6月24日、南米のアルゼンチンとウルグアイの生産者を招き、「不耕起栽培」をテーマにしたオンラインセミナー(写真参照)が行われました。GM作物を栽培する南米の生産者と日本の生産者が直に意見を交換する機会はこれまでありませんでした。その意味では日本の歴史に残る画期的なセミナーです。

 

不耕起栽培は地球温暖化防止に貢献

セミナーを紹介する前に、不耕起栽培の意義について簡単に触れておきます。読んで字のごとく「不耕起栽培」は土を耕さずに栽培する農法です。有機農業では知られていますが、最近は通常の慣行農業でも注目されつつあります。なぜかというと、大豆の苗が成長したあとに特定の除草剤(グリホサートなど)を散布すれば、雑草だけが枯れる除草剤耐性GM大豆は、この不耕起栽培を可能にする技術として知られてきたからです。

不耕起栽培には土づくりが基本となります。たい肥を入れたり、被覆作物(カバークロップ)を植えたりして、土壌を豊かにしていきます。農地の表面に草が生えていますが、土壌の浸食が抑えられ、生物の多様性確保や天敵の保持・増殖にも役立ちます。耕うん機の使用が減るため、化石燃料の削減にもなります。最大の魅力は、土壌中に大量の炭素を貯蔵し、地球温暖化の防止にも貢献できることでしょう。

ただ気候や土壌の条件によっては難しい場所もあり、どこでもできるわけではなさそうです。徳本さんらはこの環境保全にもつながる不耕起栽培を日本でも広めたいとの思いから、今回のセミナーを企画しました。

アルゼンチンでの先進的な取り組み

セミナーではまず、アルゼンチンのマリア・ジラウドさんが話をしました。農家で2児の母ですが、農学エンジニアとコンサルタントでもあり、アルゼンチン不耕起栽培農家協会(会員約1800人)の名誉会長でもあります。

アルゼンチンでは大豆のほぼ100%、トウモロコシでは98%が、害虫に強いか、特定の除草剤をまいても作物は枯れないGM作物になっているそうです。約30年前から不耕起栽培に取り組む農家が増え、いまでは1800人が不耕起栽培に取り組んでいます。その結果、「土壌の浸食は約9割抑えられ、農地での水分の蒸発も約70%減り、さらに土壌に炭素が固定されるようになったため、二酸化炭素の排出も大幅に減りました」と語りました。

それだけでなく、生産コストも下がり、収量も増えたそうです。科学に基づき、農家と農家が学び合うことが大切だと強調していました。

ウルグアイのガブリエルさんの名言

次いで、ウルグアイ(人口約330万人)のグスタブ・ガブリエルさん(1973年生まれ)が話をしました。ガブリエルさんは2800ヘクタールの農地で小麦やキャノーラ、大豆、トウモロコシ、飼料作物などを輪作し、700頭の牛も飼育しています。現在、2000ヘクタールで不耕起栽培を実践しているそうですが、すべて借地で自分の所有する土地はないそうです。ガブリエルさんの父が全米不耕起協会(AUSID)の創設者の一人だったこともあり、不耕起栽培には初期の頃から関わってきたそうです。

ウルグアイの土壌の多くは粘土質で、地形が狭小で、年間の降雨量は1200~1300ミリと少なく、貯水が困難な土壌条件が多いそうです。特に今年は干ばつがひどいそうです。こうした悪条件を克服するのに不耕起栽培は向いているそうです。

大豆やトウモロコシはほぼGM作物です。ガブリエルさんは「不耕起栽培で収量、収入とも増え、土壌の炭素貯蔵量は大幅に上がった。遺伝子組み換え作物の恩恵を受けていることを実感している」と話しました。

オンライン視聴者から「反対運動にどう対応しているのか」という質問が出ました。ガブリエルさんは「遺伝子組み換え技術は30年前には存在しなかった。バイオテクノロジーは食料増産に貢献しており、そうした良い点をしっかりと伝えていくことが大切だ」と答えていました。

「できない人は、できる人のじゃまをしないでほしい」

ガブリエルさんは講演の最後で印象的な言葉を語りました。それは「できないと言う人は、できると思ってやろうとしている人のじゃまをしないでほしい」という言葉でした。

何か新しいことを新しい技術で試みようとする人に対して、部外者は静かに見守ってほしいという意味です。

いま京都府宮津市では、宮津市内の陸上施設で行われているゲノム編集フグの養殖に対して、一部市民が反対活動を展開しています。宮津市がこのフグを「ふるさと納税返礼品」に採用したことから、反対運動が強くなっていましたが、「その返礼品からフグをはずせ」という議会への請願が6月21日の議会で否決されました。この陸上養殖が成功すれば、宮津市は世界に誇る先端水産テクノロジー都市になる可能性もあります。

この問題を報じた産経新聞の記事(6月10日)に共感できるコメントが載っていました。消費者団体「食のコミュニケーション円卓会議」代表の市川まりこさんの言葉です。

「ゲノム編集フグが嫌な人は食べなければいい。なぜ食べたい人の選択の自由まで奪おうとするのか。消費者の選択の自由が科学を無視した間違った不安情報によって理不尽に奪われようとしている状況は看過できない」。

ガブリエルさんの言葉と似ていますね。ベンチャー企業が日本で初めて挑むゲノム編集フグ養殖の成否は、今後、日本の先端技術が育つかどうかの重要な指標となります。反対してつぶすのではなく、地場産業が育つのを温かく見守ってほしいと切に願うばかりです。