第75回 行政機関が農薬の「誤情報」の拡散に加担!

こんにちは、小島正美です。除草剤のグリホサートに関する誤った情報は相も変わらず健在ですね。2022年11月19日に埼玉県川越市(場所はウェスタ川越)で行われた「身近にある除草剤と子どもたちの健康」と題した学習会のチラシを見ましたか?と知人から連絡が来ました。見たところ、その内容のひどさに驚くばかりです。なんと、このチラシの最後に「後援:川越市・川越市教育委員会」と記されているではありませんか。科学を重視するはずの行政機関がなぜ、非科学的な情報の拡散に加担してしまうのか、本当に不思議です。

悪意に満ちた珍妙なクイズ

チラシを見ると、この学習会の講師はジャーナリストで日本消費者連盟顧問の天笠啓祐さんです。主催は生活クラブ生協川越支部などです。チラシの裏側におもしろいクイズがあります。

〇か×で答えてねと、以下のような問いが記されています。

1 海外から輸入している小麦からは除草剤の成分がほぼ検出される。

2 除草剤(グリホサート)の使用が、禁止されている国がたくさんある。

3 除草剤(グリホサート)には、発ガン性がある。

4 日本の農薬散布量(使用量)はとても多い。

5 農薬は、もともと戦争で使われた化学兵器が転用された。

どれも悪意に満ちた質問で答えるのもはばかれますが、たとえば、2の正解は「海外では使用が規制されています(※規制された国の事例が同じチラシ面に載っています)」だそうです。

そして、3の正解は「WHOの機関は、グリホサートの発がん性を発表しています。日本人の髪の毛や尿からも多く検出されています」だそうです。

グリホサートは農業に貢献

いずれの質問もグリホサートという除草剤がいかに危険かを伝えようとするメッセージですが、グリホサートはいまも世界の150カ国以上で使われています。確かに公共の場所で使用が規制されているケースはありますが、農業の現場で禁止されている例はほとんどありません。グリホサートはいまなお世界中の農家の除草作業を軽くするうえで多大な貢献をしています。グリホサートの使用はまさにSDGs(「持続的な発展目標)の中の貧困の撲滅や農産物の収量増加などに役立ち、世界中の農家を助けています。仮に農業分野でグリホサートの使用を全面禁止したら、世界的な損失でしょう。

グリホサートは豚肉や牛肉と同じグループ

農薬に反対する人たちは、「グリホサートは発がん性物質だ」とよく言いますが、これは全くの誤解です。グリホサートは確かに2015年、国際がん研究機関(IARC)が発がん性分類で「グループ2A」(おそらく発がん性あり)に分類しました。しかし、これは危険の度合い(リスク)をランクづけするものではありません。つまり、ヒトへのリスクを評価したものではありません。

その証拠に、同じ発がん性グループの2Aには、ポテトフライなどに含まれる「アクリルアミド」、「豚肉や牛肉などのレッドミート」(鶏肉のホワイトミートと区別するため、レッドミートと呼ばれる)、「交替勤務」、「理容師や美容師の職業的な環境」、「焼いた魚に含まれる焦げの成分」、「65度以上の熱い湯」、「ダイアジノン」(殺虫剤)、「マラチオン」(殺虫剤。)などがあります。

つまり、グリホサートは、豚肉や牛肉と同じランクなのです。子供たちが大好きなポテトフライやポテトチップスも同じ2Aです。あなたは豚肉を食べるときに「発がん性の豚肉を食べるのは、どうも気持ちが悪いなあ」と思うでしょうか。交替勤務をする人が「きょうは発がん性の強い勤務日か」と思うでしょうか。

健康に影響があるかどうかは、それらの食べ物を過剰に摂取したり、その環境に過剰にさらされた場合です。牛肉を毎日、ガツガツ過剰に食べ続ければ、確かに大腸がんにかかるリスクは高くなるでしょう。しかし、日本人が平均的に食べている量なら、あえて「発がん性の肉を食べている」と思うのは取り越し苦労というものです。

世界中の公的機関は「発がん性なし」

しかも、グリホサートに「おそらく発がん性あり」と分類したのは、世界広しといえど、国際がん研究機関だけです。グループ2Aの決定過程に政治的な駆け引きや思惑があったという記事が当時、出ていたくらいなので、一歩引いて考えたほうがよいでしょう。

農薬に厳しいあのEU(欧州連合)をはじめ、日本、米国など世界中の政府・公的研究機関は「発がん性なし」としています。グループの分類はあくまで証拠の強さの順番に並んでいるだけで、リスクの大小とは関係ありません。

ちなみにグループ1(発がん性あり)にお酒があります。みなさんは、お酒を飲むときに「発がん性物質だから、怖いかな」と思って飲んでいるのでしょうか。そんな人はゼロでしょう。過剰に飲まなければ、心配ご無用です。こういう基本的なことを知っていれば、誤情報にだまされることはなくなりますね。

枯葉剤とグリホサートを混同!

「農薬は化学兵器から転用された」という質問自体が、そもそも農薬を敵視する悪意に満ちたイデオロギー的な問いです。この質問は、おそらくベトナム戦争で使われた枯葉剤(除草剤の「2,4,5-T」と「2,4-D」の混合物)が、現在のグリホサートに転用されたとみなしての質問でしょう。確かに枯葉剤には不純物として猛毒のダイオキシンが含まれていましたが、1975年に農薬登録が失効しています。

どちらも米国の旧モンサント社(現在はドイツのバイエル社)が開発した除草剤ですが、グリホサートは植物のアミノ酸の生合成を阻害する新しい除草剤で、「2,4,5-T」とは化学構造式も違うし、開発コンセプトも全く異なります。

グリホサートは世界中の政府で安全性が確認されたうえで使われています。ごく微量の除草剤が尿から検出されたからといって、健康に影響があるわけではありません。それを言うなら、どのご飯(お米)にも100%含まれているカドミウムやヒ素のほうがよほど健康へのリスクは高いといえます。どちらも発がん性分類で「グループ1」(発がん性あり)で証拠は十分にそろっています。ヒ素にせよ、カドミウムにせよ、人体の臓器から検出されますが、微量なら問題はありません。母乳からはいまもダイオキシンが検出されます。

このチラシの中身は、特定の農薬を敵視する、まるでどこかの宗教的教義のように思えます。よくもまあ、こんな非科学的な教義に対して、川越市と川越市教育委員会が「後援」を認めたものだと感心してしまいます。同時にこれが消費者・教育行政を預かる行政機関かと思うと心細くなりますね。