第67回 遺伝子組み換えコチョウランの登場で露呈した北海道の規制条例の“正体”

こんにちは、小島正美です。
鮮やかな青い花弁をつける世界初の遺伝子組み換えコチョウラン「Blue Gene」(ブルージーン、写真は6月27日の石原産業のプレスリリースから)が6月下旬に販売されたのをご存じだろうか。

化学メーカーの石原産業(大阪市)が17年の歳月(当初は千葉大学と共同研究)をかけて生み出した。友禅染に利用されていたツユクサの青色遺伝子を組み換え技術でコチョウランに挿入して実現した。これで、だれでも観賞用に組み換えランを栽培できる時代になったが、その裏で重大なことが起きていた。

遺伝子組み換えコチョウランはスピーディーに対応

重大なこととは、2006年に施行された「北海道遺伝子組換え作物の栽培等による交雑等の防止に関する条例」の改正のことだ。これまで、北海道内では遺伝子組み換え植物を栽培する場合には、道に対して事前の申請が必要で、高額な申請手数料(32万5500円)のほか、地域での説明会、交雑防止策などが義務づけられ、知事の許可を得るのは事実不可能だった。つまり、この条例は実質的に組み換え植物の栽培を禁止する条例に等しかった。

そこへ、遺伝子組み換えコチョウランが登場した。条例が制定された当時は、まさか家庭で楽しむ花の世界に遺伝子組み換え植物が登場するとは想定されていなかった。改正のないままだと、仮に北海道の人が事前申請せずに組み換えコチョウランを栽培したら、罰則の対象になってしまう。これでは、一般の人が家庭で組み換えコチョウランを栽培できなくなってしまう。

そこで、条例が改正され、食用や飼料向けでなければ、条例の適用外にしようと決めた。7月8日に施行された。これによって、北海道の人たちは組み換えコチョウランを 気兼ねなく栽培して観賞できるようになった。

これまでは「現実的に対応してこなかった」ことを自ら証明

この遺伝子組み換えコチョウランに対する道の対応は、あざやかといえるほどスピーディーだった。もちろん、改正への反対の声はあった。それに対し、道は「(改正前の)条例では、家庭で組み換えコチョウランを観賞用に栽培しようとする場合においても、近隣住民への説明会の開催や手数料32万5500円を添えて知事へ申請を行い、許可を受けることが必要です。こうしたケースについて、すべての手続きを道民の皆様に求めることは現実的ではなく、また、すべての栽培状況を道が把握し、所要の措置を取る仕組みを整えることは困難である」と答えている。

誠にもって現実的な対応である。この対応自体に問題はないが、どこか釈然としない。それは何なのかを考えてみたら、「花では現実的に対応しているのに、従来の遺伝子組み換え作物に対しては、全く逆の非現実的な対応をしてきた」という事実のせいだと分かった。

言い換えると、今度の改正は、人や家畜が食べる組み換え作物(トウモロコシや大豆など)に関しては、現実的かつ速やかに対応してこなかったことを道自らが証明したようなものだと解釈できる。

奇妙奇天烈な条例の内容

それにしても、北海道の条例は摩訶不思議な条例である。みなさんもご存じだと思うが、酪農王国の北海道は日本国内で遺伝子組み換え作物が最も多く流通している自治体である。北海道のほとんどの乳牛は組み換えトウモロコシなどの飼料を毎日食べている。言い換えると、北海道で製造される牛乳のほとんどは、遺伝子組み換え飼料(主にトウモロコシ)を食べた乳牛から搾り出されたものなのである。

不思議なのは、米国などから大量の組み換え作物を輸入し、道内で流通させていながら、いざ、北海道の農家が「道内で組み換え作物を栽培したい」と希望すると、知事は「ダメです」と規制しているのが現在の条例なのである。

これは、別の角度から言い換えると、米国の農家が栽培した組み換え作物なら利用するが、北海道の農家が栽培した組み換え作物は要らないと言っているのと同じである。消費者は一般に国産の農産物を好むが、こと組み換え作物に関しては「輸入だけでいいです。海外から買いますから」と言っているようなものだ。

北海道の条例が奇妙奇天烈だと形容したのは、「組み換え作物の輸入と利用はOKだけど、道内での栽培だけはご法度」といった自己矛盾に満ちた条例だからだ。

条例自体が風評の下地のお膳立て

では、実際にだれかが北海道で組み換え作物を栽培したら、何か困った事態は生じるのだろうか。この疑問に対して、よく「北海道で組み換え作物が栽培されたら、北海道産の農林水産物に風評が発生し、売れなくなる」という意見を聞く。これもおかしな話である。すでに北海道では組み換え作物がくまなく流通し、北海道の牛乳は組み換え作物を利用しているのである。しかしながら、いまのところ、北海道の牛乳や他の農産物に風評は生じていない。風評は組み換え作物を栽培したときだけに発生し、流通や消費の段階では発生しないということなのだろうか。そんなバカなことはありえない。

この問題の本質を突き詰めていくと、風評を発生させる素地をつくっている犯人は、組み換え作物の栽培を事実上禁止して、組み換え作物に対する不安なイメージをかきたてている条例そのものだということが分かる。

行政はもっと信念をもってほしい

一方、条例改正への意見募集(パブリックコメント)を見ると、やはり市民団体からの反対の声が強い。組み換え作物に反対する人たちは「食用はダメだけど、花ならいいよ」と寛大に言ってくれるほど心やさしい人たちばかりではない。反対派は花だろうが、魚だろうが、「想定外のリスクが起きたら、どうするのか」などと容赦なしだ。

「ラットの実験のドキュメンタリーを見てGM(組み換え)作物が怖いと思った」という意見に対して、道は「GM作物は、食品衛生法に基づく安全性審査を受けたものだけが流通する仕組みになっています」と答えている。

市民が「怖い」と言えば、道は「安全です」と明確に答えている。そこまで安全だというなら、なぜ条例までつくって組み換え作物の栽培を規制しているのか、首をかしげざるを得ない。反対派に寄り添う形で条例をつくれば、そのこと自体が不安を呼び、結果的に反対派の思うつぼにはまる恐れがあることをなぜ想定しなかったのだろうか。

結局、このような条例が、海外産の組み換え作物を延々と輸入するだけの事態を招いているのである。組み換えコチョウランで見せた現実的な対応を、他の組み換え作物でもぜひ見せてほしいものだ。