第61回 「ゲノム編集トマト」を通じた社会貢献活動は今後どうなるか

こんにちは、小島正美です。家庭の事情でしばらく休んでいましたが、再開します。今年最初の話題は、これまでにも取り上げてきた「ゲノム編集トマト」です。食のジャーナリストで組織した「食生活ジャーナリストの会」(約150人)は2021年の「食の十大ニュース」の選考でゲノム編集食品を第1位に挙げました。ゲノム編集技術によるトマト、タイ、フグ、ジャガイモが次々に登場し、話題となった年だったからです。

ゲノム編集トマトに反対署名運動

そのゲノム編集食品の中でも、血圧上昇を抑えたり、リラックス効果をもつ機能性成分(ガンマアミノ酪酸=GABA)をたっぷりと含むトマト「シシリアンルージュ ハイギャバ」は、国に届けられたゲノム編集食品第1号です。そのトマトが今年はどんな展開を見せるのか興味を持って見ていたら、市民団体の「OKシードプロジェクト」(東京)が新たな反対運動を起こすことを知りました。

さっそくホームページを見ました。昨年5月にゲノム編集トマトの苗を約5000人に無料配布したベンチャー企業のサナテックシード社とパイオニアエコサイエンス社が、「今度はそのゲノム編集トマトの苗を小学校や障がい児介護福祉施設に無償配布することを計画していることが分かりました。障がい児介護福祉施設へは2022年、小学校には2023年に配布する計画だそうです。この無責任な計画の中止を求める署名を集めます」とあります。苗の配布を中止するよう都道府県の教育委員会や障害福祉課にも要望を出すそうです。

苗の配布は社会貢献活動の一環

このトマトはすでに実験段階を終え、次はいよいよ市場で試される段階だと思っていた矢先に、この反対運動を知り、「えー、本当に福祉施設や小学校に無償で配るのかなあ」と驚きました。

私は昨年、全国の約5000人の1人として、ハイギャバトマトを栽培し、家族みんなで食べています。すでに良い評判は得られたと思っています。そこへまた配る意義は何なのか。さっそくサナテックシード社に聞きました。

どうやら、昨年9月に行われたセミナー「ゲノム編集に関するウエビナーシリーズ」でサナテックシード社の竹下達夫会長が示したスライド(英語版)の内容が出どころだと分かりました。

確かにそのスライド(最後から2番目)に「2022年にデイケア施設、23年に小学校に無料のサンプルを配布する計画」が英語で記されていました。竹下会長がこのセミナーでこのことをしゃべったわけではありませんが、スライドには書かれていたわけです。

そこまで細かく見ていた市民団体の探索心には脱帽しますが、残念ながら、スライドに書かれていた内容の意義と目的はスライドからは分かりません。そこでサナテックシード社の担当者に聞くと、次のような返答が来ました。

1 園芸セラピーのひとつとして、希望する老人ホームやデイケア施設があれば、配りたい。機能性成分を多く含むトマト栽培を通じて、心と体の健康づくりに貢献したい。

2 小学校への配布は、理科教材として、希望する学校があれば配りたい。

3 障害者への対応では就労支援をサポートしたい。障害者がトマト栽培に従事することで社会とのかかわりを深めるのを支援したい。

主にこの三つですが、どれも社会貢献活動の一環です。あくまで希望する団体や施設に送るわけだから、何ら問題はありません。まだ構想段階で具体的な実施計画が進んでいるわけでもありません。そういう意味では、反対署名を呼び掛ける「OKシードプロジェクト」の説明は正確さを欠いています。

ゲノム編集トマトは国が実質的に審査

同プロジェクトのホームページの記述で気になる点もあります。「安全性が確認されていない食品をこれから未来の体をつくる子どもたちに食べさせることは許されるでしょうか?」と書かれていますが、これも正確さを欠いた説明にみえます。

トマトやタイなどのゲノム編集食品は従来の品種改良と変わらないため、安全性の審査は不要だと国の専門家会議が決めたわけです。「安全性が確認されていない」というのではなく、安全性の審査が必要かどうかを審議した結果、専門家は安全だと認めたという言い方のほうが事実に近いです。

トマトにせよ、タイにせよ、国は企業から提出された膨大な研究開発データを精査し、アレルギーにつながる毒性物質の有無などを審査しています。つまり、無審査で世に出てきているわけではなく、「法的には安全性の審査が不要な制度の中で、国が実質的に審査している」という伝え方がよいのではと思います。

「理解」から「行動変容」への飛躍は商品のメリット次第か

新しいテクノロジーで生まれた新しい食品に対して、「まだ食経験がない」などの理由で反対する気持ちはだれにもあり、反対運動はあってもよいでしょう。ですが、その一方で新しい食品に興味をもって、栽培したい、食べてみたいと希望する人たちがいるのも事実です。リベラル派がよく強調する「多様性と個人の選択が重要」という視点に立てば、ゲノム編集食品と従来の食品の「共存」は可能です。ゲノム編集食品に興味や理解を示す人が一定数いるからです。

ただ、仮にアンケート調査で半分の人が「理解」や「受容」を示したとしても、実際にゲノム編集食品を買って食べることにつながるかどうかは分かりません。意識の上での「理解」と実際に買って食べる「行動」との間には、天と地の差があります。理解したからといって買うとは限りません。商品を買うからには、お金を払うだけのメリットが不可欠です。

遺伝子組み換え作物が世界中で普及したのは、農薬の使用を減らすなど強力なメリットが農業生産者にはっきりと理解され、行動変容につながったからです。

ゲノム編集食品への理解は国の啓発活動などである程度進んでいますが、まだ行動変容までには至っていません。消費者の行動を変えるには、商品の魅力度を高めることがまず必要です。

ゲノム編集トマトの「シシリアンルージュ ハイギャバ」はインターネットで入手できますが、平均して1000円以上の配達料がかかるため、どうしても通常のトマトに比べて、かなり高くなってしまいます。現時点では、価格が高いことが行動変容に結び付かない最大のネックだと私は考えています。一般の店でリーズナブルな価格で販売される日がいつになるのか、そのときこそが消費者の行動変容を試す絶好の機会になるはずだとみています。