第63回 ゲノム編集食品に対する記事はなぜ「偏り」が生じやすいのか?

2022年6月22日

こんにちは、小島正美です。
ゲノム編集食品の開発では、日本が世界の最先端を走るが、気がかりなのは市民団体による反対運動だ。いまゲノム編集フグをめぐって、京都府宮津市が反対運動に揺れている。メディアの報道いかんによっては、国産のゲノム編集食品が潰れてしまいかねない。京都のゲノム編集フグは今後、どうなるのか。

京都府宮津市で世界最先端のゲノム編集魚の飼育

日本三景のひとつの天橋立で知られる京都府宮津市(人口約17000人)にゲノム編集フグの陸上養殖施設がある。京都大学発ベンチャー企業「リージョナルフィッシュ」(京都市左京区・梅川忠典社長)が運営している。飼育されているのはゲノム編集技術で食欲が旺盛になるように遺伝子が書き換えられたトラフグである。

なんといっても、成長が速いのが最大の特色だ。一般的な品種のフグに比べて、1.9倍の早さで成長するため、飼育期間が大幅に短くなる。飼料効率(摂取した飼料に対する体重の増加量)は約4割もよい。より少ない飼料でフグを早く出荷できるので、生産者にとってのメリットは大きい。同社はこのフグを「22世紀ふぐ」と名付けた。

この先進的な取り組みに注目した地元の城﨑雅文・宮津市長は「世界的なタンパク質不足の解決につながる素晴らしい技術だ」と昨年12月、ふるさと納税の返礼品として採用した。返礼品は「22世紀ふぐ フルコースセット」(てっちり約300グラム、てっさ約100グラム、皮湯引き約70グラム)。

2紙が反対運動を中心に報道

こうし動きに対して、今年3月~5月、京都新聞と毎日新聞が市民団体の反対運動を取り上げる形で記事にした。市民団体が返礼品の取り扱いをやめるよう市に陳情したという内容だが、ゲノム編集フグに対してあまりにもネガティブな内容だ。

毎日新聞丹波・丹後版(3月23日付と4月20付の2回の記事)によると、自然派をうたう生協組合員や原発に反対する市民たちが宮津市や同議会を訪れ、「安全性が確認されていない。市民に不安が広がっている。国による審査が行われていない」などの理由で養殖自体を中止するよう訴えた。

京都新聞も「市民からは困惑の声が上がる」として、遊漁船を営む女性の「食の安全性が確保されていないのに、十分な説明もないまま全国に発信してしまうと、みんなが『安全な食品だ』と思ってしまう」との声を載せた。まるでゲノム編集フグが食べて危ないかのような印象を与える内容だ。

安全性は実質的に事前審査されている

記事を読んでいて気になるのは、いくら市民の声をそのまま載せたとはいえ、記者たちがいとも簡単に「安全性が確認されていない」と書いていることだ。ゲノム編集食品の安全性については、「確認されていない」ではなく、「国の専門家会議で審議した結果、従来の品種改良と変わらず、法律で安全性の審査を義務づけるほどのリスクはなく、安全性の審査は不要だと確認された」ということである。

しかも、開発業者は国へ事前に研究開発データを提出するが、その時点でも国は「外部から遺伝子が挿入されていないか」「毒性物質が生じていないか」などを確認する。これまでの経過を見れば、「国は実質的に事前に審査している」という言い方が妥当である。

「食品安全情報ネットワーク」が要望と意見

そこで私が共同代表を務めるメディアチェック集団「食品安全情報ネットワーク」(FSIN)は5月18日付で毎日新聞社舞鶴支局、19日付で京都新聞社に「反対に偏ることなく、もっと公平な視点で記事を書いてほしい」との要望と意見を出した。

毎日新聞社京都支局から5月24日付けで回答が来た。思ったより早い。回答は「地元の市民グループなどが市長らに返礼品としての取り扱い中止を申し入れたこと、事業者による意義の説明、返礼品に採用した市長のコメント、国(農林水産省)が公表した確認結果を交えて紹介しております」と多方面に取材した内容だとしている。私が毎日新聞社の記者をしていたから言うわけではないが、毎日新聞社は読者からの問い合わせや質問に対しては比較的丁寧に対応しており、その点は高く評価したい。

とはいえ、4月20日付地方版は反対派の言い分ばかりで、とても公平とは言えない記事だった。残念ながら、京都新聞からは回答なしだ。

6月28日にゲノム編集フグをめぐるセミナー

この種の記事をどう評価すればよいのか。それは新聞の報道のあり方にもかかわる重要なテーマである。このゲノム編集の記事の偏りを初めて指摘した産経新聞の平沢裕子記者を交えて、メディア報道のあり方を考えるセミナーを6月28日に行います。新聞の役割は何なのか、新聞は中立であるべきなのか、新聞の最近の凋落の原因は何か、もっと信頼されるために何をすべきか、などについても議論します。参加希望者は下記の申し込み先へ申し込んでください。

主催は「食の信頼向上をめざす会」と「食品安全情報ネットワーク」です。

2022年6月28日(火)11:00~12:30 ZOOM開催。参加無料。

申し込み先 shinrai.koujyou@gmail.com 先着100名
テーマ「メディアに対する危機感と疑問」
話題提供=元毎日新聞・小島正美、産経新聞・平沢裕子、ほか多数の記者が参加