第64回 ゲノム編集食品の普及を阻む要因は本当に“不安解消”なのだろうか?

こんにちは、小島正美です。日経産業新聞(6月10日付)の一面トップにゲノム編集食品に関する記事が大きな扱いで掲載された。ゲノム編集食品は日本が世界の最先端を走るだけに、今後、日本で伸びていくためには何がネック(阻害要因)になるのだろうか。そう考えていた矢先に、この記事に出くわした。日経の記者は消費者の「不安心理」がネックだと考えているようだ。では、不安が払しょくされれば、本当に伸びていくのだろうか。遺伝子組み換え作物の実像を知ると、意外なことが分かる。

ゲノム編集食品は常に「不安」が見出しに

日経の記事で一番ハッとさせられたのは見出しの文句だ。記事はゲノム編集技術でつくられた肉厚のタイや大きなトラフグ、血圧上昇を抑える成分を多く含むトマトを紹介しているのだが、一面の大見出しは「ゲノム編集食品 安全性に尽力」、そして小見出しで「普及には消費者の不安解消が不可欠」だった。

本文自体は特に煽るような内容ではないが、冒頭の前文では「遺伝子を操作するとあって、安全性などに不安を抱く人は多い」と不安心理を強調している。

この見出しから受ける印象は、ゲノム編集食品はどうも安全性が不確かで、消費者から不安視されているという怖いイメージだ。しかし、仮にそうだとしたら、一企業が消費者の不安を払しょくし、安全だという意識作りに尽力せねばならないことになる。

農薬や遺伝子組み換え作物などの分野では、これまでに政府がいくらリスクコミュニケーションをやっても、不安心理は一向に解消されていない。政府でも手に負えないことを一ベンチャー企業ができるはずもない。

日経の記者に悪意はないだろうが、こういう何気ない、不安を呼び起こす見出しが知らず知らずのうちに消費者の心に浸透し、いつしか消費者がアンケートに出くわす段になったときに「ゲノム編集食品に不安を感じる」という答えることにつながるのではないかと、この記事を見て思った。

日経の記者は「不安解消が不可欠」と考えているようだが、別の角度から見れば、ゲノム編集のタイ、トラフグ、トマトのどれも、世界初の国産第一号の食品である。ならば、トラフグやタイが飼育されている京都府の地名をとって、「京都から世界初の国産ゲノム魚 未来へ飛翔」といった明るい見出しでも通用するはずだ。だが、なぜ、そういう明るい見出しにならないのかと言えば、記者が不安だと書くからだ。

武田薬品工業の話は好意的な見出し

これに対し、同じ日経産業新聞の6月15日付け一面トップの記事は逆だった。

武田薬品工業が外部に研究施設を開放する「湘南ヘルスイノベーションパーク(略称湘南アイパーク)」(神奈川県藤沢市)の先進ぶりを記事にしたのだが、このときの見出しは大きな文字で「武田・湘南から創薬の芽」だった。ここでは「創薬の芽」という極めて好意的で期待を込めた言葉が使われている。武田薬品工業に対して、記者が「大きく育ってほしい」という気持ちがありありと感じられる。

その一方、ゲノム編集食品の見出しは「安全性に尽力」である。これだといかにも現段階では安全ではないかのようにみえる。ゲノム編集食品は最初から大きなハンディを背負っているなあとつくづく感じる。

遺伝子組み換え作物は経済的メリットゆえに普及

では、遺伝子組み換え作物はどうだろうか。不安が解消されてから、栽培が始まったのだろうか。いや、そんな事実は全くない。

ご存じのように、遺伝子組み換え作物(大豆、ナタネ、トウモロコシ、綿など)は米国、カナダ、スペイン、ブラジルを主に世界中で栽培されている。日本が輸入する大豆やトウモロコシ、ナタネの9割は組み換えであり、家畜の飼料や食用油の原料はほぼ100%組み換えになっている。では、組み換え作物への不安が解消されたかといえば、そんなことはない。どのアンケートでも半分近くの人はいつも不安だと答えている。

つまり、遺伝子組み換え作物は、消費者の不安が解消されたから、栽培が始まったのではない。食用油の原料として使われているのも、消費者の不安がなくなったからではない。組み換え作物を開発した米国やスイス、ドイツの巨大企業が消費者の不安を払しょくし、安全だと思わせるイメージ転換に成功したわけでもない。

組み換え作物が先に登場し、その魅力にひかれて、生産者が栽培を始めたに過ぎない。

理解よりも魅力度が先

世の中の最新のテクノロジー製品はどれも消費者の理解が先にあって生まれるものではない。出てきた製品に魅力を感じれば、消費者は買う。消費者が買うならば、生産者は製造するし、流通業者は扱う。当たり前のことだが、ただそれだけのことである。つまり、生産者、流通事業者、消費者のそれぞれにとって、経済的なメリットがあれば、モノは循環する。

ひと口に消費者といっても多様で、ゲノム編集に理解を示す人もいれば、鼻から毛嫌いする人もいる。そんな多様な消費者の不安がなくなるまで待っていたら、この世に新製品は出てこない。

スマートフォンが良い例である。いくら子供たちの目や心身の健康に悪いという不安なデータが出てきても、スマートフォンはびくともしない。個人的には、スマートフォンこそ使用時間の規制が必要であり、安全性の審査が必要だと思うが、そもそも規制を求める声すら出てこない。魅力があるからだ。

ゲノム編集食品も同じだろう。消費者、流通事業者、生産者にとって、経済的な魅力があるかどうかが、今後の発展のカギを握る最大の要因だと私は考える。不安を感じる消費者がいるかどうかは阻害要因ではない。ゲノム編集食品を開発するベンチャー企業はもっともっとその魅力や将来性を記者たちに語ることが必要だろう。記者が魅力を感じれば、記事の見出しも変わるはずだ。