第48回 緑茶は農薬まみれ? 日本のお茶の農薬残留基準値はゆるい? 週刊現代の記事の問題点

こんにちは、小島正美です。週刊現代(6月5日号)が、「日本茶は農薬まみれ それでも飲みますか?」という過激なタイトルで記事を出しました。緑茶の茶葉やペットボトル飲料には、農薬がたっぷりと含まれているから飲んではいけない、という内容です。
記事では農薬が「たっぷりと含まれている」と言いつつ、法で決められた残留基準値以下であることを認めています。しかし、日本の基準値は外国に比べてゆるいから、基準値以下でも安全とは言えない、という論理が展開されています。
この記事には、信頼できる研究データに基づくリスク評価の解説が全くないのが最大の問題です。いつものことですが、かたよった極端な意見を載せているだけで、私には全く説得力がありません。
もう一つ気付くのは、食品に含まれる農薬が基準値より多ければ危ないと言い、基準値より少なくても危ないと言っていることです。どちらにせよ、基準値自体は健康影響をはかる物差しではないことをしっかりと覚えておけば、この種の記事に扇動されずにすみます。

ママ美 でも、基準値がゆるい(高い)と、どうしても健康が守られていないような印象を持ちます。どこがおかしいのでしょうか。

正美 そもそも、同じ農薬でも作物ごとに基準値が異なることを知っておきたいです。週刊現代に出ていたジノテフラン(殺虫剤)の場合、日本の残留農薬の基準値は、コメなら2ppm、タマネギは0・1ppm、ニンジンは1ppm、牛肉0・05ppm、茶葉は25ppmです。ちなみに1ppmは1グラムの中の100万分の1グラムです(週刊現代ふうに言うと、1キログラムあたり1ミリグラムの濃度が1ppmです)。

ママ美 え!タマネギと茶葉では250倍もの差があるんですね。国内の作物を比べても、そんなに差があるなんて、知りませんでした。

正美 EU(欧州連合)のジノテフランの基準値は、茶葉でもタマネギでも0.01ppmです。なので、茶葉で比べると日本は2500倍の25ppmですが、日本のタマネギの0.1ppmと比べれば、10倍の差しかありません。
週刊誌はいつも最悪の例を持ち出して脅す手法を使うことがよく分かりますね。

ママ美 2500倍と聞くと、びっくりしてしまいますが、タマネギの基準値と比べると、さほどでもないかと思いますね。やはり読む側の知識も必要ですね。

正美 基準値を見るときは、作物ごとにその農薬が実際に使われているかどうかも見なくていけません。
実は、EUでは、ジノテフランは農薬として登録されていないのです。

ママ美 え?どういうことですか?

正美 使われないので、登録されていないのです。登録されていなければ、残留基準値「なし」となりそうなものですが、そうではなくて、基準値はたいていの場合、最下限値の0.01ppmで設定されています。これは国際的な決まりなので、日本でも同じです。

ママ美 農薬登録がない場合、0.01ppmという一律基準があることを初めて知りました。

正美 農薬の基準値は、国ごとの農業事情や気候風土によって大きく異なります。ただし、最近は基準値の違いが貿易上の障壁になることから、国際的に整合させていこうという動きが強くなっています。

ただそのことよりも、今回は、基準値自体は健康に影響するかどうかの指標ではないことを覚えておくことが重要です。

ママ美 基準値が低いほど、健康への影響が小さいのではないですか?

正美 全く違います。先に挙げたジノテフランの基準値は茶葉が25ppm、米が2ppm、タマネギが0.01ppmでした。これらを比べて、タマネギを食べるのは安全で、米はまあまあ、茶葉は危ないと言えるでしょうか。基準値は農薬が含まれる割合を指すだけで健康影響とは関係ありません。

健康影響はADIで判断する

ママ美 基準値でないとしたら、何が物差しになるのでしょうか。

正美 それが「ADI」、つまり「1日許容摂取量(許容1日摂取量ともいう)」です。ちょっと考えてみればわかりますが、人の健康に影響するかどうかは、農薬を長期にわたって、どれくらい体内に摂取するかの「量」次第です。その長期的な摂取の健康影響を見るのがADIです。内閣府・食品安全委員会はジノテフランのADIを体重1キロあたり1日0.22ミリグラムと設定しています。体重50キロの成人なら、1日11ミリグラム(0.22×50キロ)です。つまり、1日あたり11ミリグラムのジノテフランを毎日、生涯にわたって摂取し続けても、健康への影響はないというのがジノテフランのADIになります。

ママ美 なるほど。それで日本人のジノテフランの摂取量は調べられていますか。

正美 もちろんです。厚労省や農水省、食品安全委員会が食品ごとに調べて公表しています。もちろん、幼児、妊婦、高齢者も含めたどの層もADIを下回っています。仮にジノテフランが基準値の上限まですべての食品に残留していると仮定しても、まだADIより低いことも分かっています。ですから、基準値以下のジノテフランが食品に残留していることに対して「危ない」とは言えません。ただし、ADIの数値に異議を唱える学者(ごく少数ですが)がいることも確かなので、ADIをめぐる科学的な論争があってもおかしくはありません。

ママ美 健康影響の指標は基準値ではなく、ADIだということですね。

正美 農薬と健康影響に関する記事の中にADIとの関連を解説する記述があれば、科学的に見て良質の記事だということも覚えておきたいですね。次回は消費者庁で激しい論争になっている「無添加表示」を取り上げます。