第11回 ゲノム編集食品、どうやって選ぶ?
消費者庁は「表示義務化は困難」の判断
こんにちは。小島正美です。きょうは、最近注目されている「ゲノム編集技術」を使った食品について取り上げます。ゲノムとは遺伝情報の総体のことで、ゲノム編集とは狙った遺伝子を効率よく改変できる技術です。ゲノム編集技術を使った食品は、どうやって見分けることができるのでしょうか。今回も最後に「意外な結末」が待っていますよ。消費者意識の高い系主婦・ママ美さんと一緒に考えていきます。
仕組みは品種改良と同じ
ママ美 ぜひ教えてください。というのも、私はゲノム編集技術を使った食品を、食べたくはありません。ですから、選び方を教わって、買わないようにしたいのです。
正美 ゲノム編集食品を食べたくない? それはどうしてですか。
ママ美 遺伝子をいじっている食品なんて、なんだか怖いからです。
正美 でも、たとえば、イネでは収量の高い品種と、粘りがあっておいしい品種をかけ合わせて新しい品種を作り出したりしますが、このような品種改良もイヤなんですか。
ママ美 いいえ。それは人の手が加わっているとはいえ、従来からやってきた自然な交配だから、抵抗ありません。
正美 ゲノム編集は、名称から、なんだか大層なイメージを持ってしまうかもしれませんが、変化を起こす仕組みはこれまでの品種改良と同じなんですよ。
ママ美 え!そうなんですか。
正美 はい。ゲノム編集とは、動植物の狙った遺伝子を特殊なハサミ酵素で切断して、遺伝子配列を変えることで品種を改良するものです。その大きな特色は、動植物が元々持っている遺伝子を書き換えているだけだという点です。それは自然界で常に起こっている遺伝子の突然変異と同じようなものです。その突然変異を人間の都合のよいように、最新の技術で人為的に起こしていると言い換えれば分かりやすいでしょうか。
短期間で、目的の品種にたどりつく
ママ美 でも、従来の品種改良でうまくいくなら、わざわざゲノム編集をしなくてもよいのではありませんか。
正美 実は、従来の品種改良はとてつもなく忍耐と根気と努力がいるんです。
たとえば「収量のよい品種」とか「おいしい品種」を掛け合わせても、その良い特質のほかにも、いろいろな遺伝子がくっついて伝わるので、おいしいけれど、病気に弱い遺伝子も受け継がれてしまうということが起きます。そうすると、今度は病気に弱い遺伝子を取り除くために別の品種と交配させることが必要になり、交配が何度も必要になります。結局、目的の品種にたどりつくまでに軽く10年以上はかかります。
これに対し、ゲノム編集技術は狙った形質の遺伝子だけを止めたり、働かせたりできるので、目的の良い形質を短期間(早ければ2~3年)に確実に誕生させることができるのです。
ママ美 思ってたよりも、自然現象に近いように思います。 遺伝子組み換え技術とは異なるわけですね?
正美 はい。「遺伝子組み換え」は、外部の動植物や微生物から遺伝子を借りてきて挿入する技術です。種の壁を超えて、遺伝子を組み込める利点があり、ゲノム編集よりも応用範囲は広いですが、安全かどうかの審査が必要になります。遺伝子組み換え技術といっても、実は、ウイルスが自らの遺伝子を他の動植物に挿入していることをまねた技術ではありますが、自然に発生することはごくまれ(生物の進化はそもそも遺伝子の組み換えがあったから起きたわけですが、そういう議論はさておき)なので、従来の品種改良とは大きく異なります。一方、ゲノム編集は、自然界で起きている突然変異と同じ仕組みなので、従来の品種改良と差はありません。
「ミルキークイーン」は人工的な突然変異で誕生
ママ美 聞いていると、ゲノム編集食品への抵抗が、だんだん薄くなってきました。それでも、ゲノム編集食品を避けたい場合は、どうすればよいでしょうか。
正美 うーん。とても難しい質問ですね。
ママ美 え! なぜ難しいの?
正美 さきほど述べたように、ゲノム編集は、通常の品種改良と区別がつかないからです。
従来の品種改良は、人の手による品種同士の交配のほか、化学物質や放射線を用いて人工的に突然変異を起こして新しい品種をつくってきました。コシヒカリの遺伝子をもったお米の「ミルキークイーン」は化学物質による突然変異で生まれました。つまり、どの品種改良でもさまざまな部位で遺伝子が変化しています。ミルキークイーンを怖がる人はだれもいませんね。ママ美さんも、ミルキークイーンを避けますか。
ママ美 そう言われても、ミルキークイーンの成り立ちを初めて知ったので…。でも怖さはないですね。
正美 そもそも、人の手が加わらなくても、自然界では常に遺伝子の変異が無数に起きています。ですから、ある遺伝子の変異があっても、それがいつ、どのような方法(自然の突然変異か、人工的な変異か、どこかのだれかが行ったゲノム編集か)で起きたかを突き止めることは不可能なんです。ちなみに、これら人為的な品種改良の結果、食べて危ないものが流通したという問題は起きていません。というか、もし食べて危ない品種が交配の途中で産まれたら、その時点で取り除かれるため、市場に登場しないのです。このことはゲノム編集技術による選抜過程でも同じです。
変異が自然か人工か、区別はできない
ママ美 でもやはり、変異を見つけて表示はできそうな気もします。
正美 では、具体的な例として、ゲノム編集技術で肉厚のマダイを開発した京都大学の木下政人助教の研究結果を紹介しましょう。
海で2尾のマダイを捕獲して、遺伝子を比べてみました。同じように見えるマダイですが、DNAを構成する「塩基」の一つが、一方のマダイで欠けている部位は約20万カ所もあり、つながった状態の八つの塩基が欠けている部位は約2万カ所もありました。
ママ美 2カ所ではなく、20「万」カ所!?
正美 自然のマダイでさえも、これだけの自然変異(遺伝子の欠失)があるのです。仮にこれらのうちの1カ所がゲノム編集でできた変異だとしても、それがゲノム編集のせいで起きたかは第三者には分かりません。まして世界中の国がゲノム編集でいろいろなものを作っていくでしょうから、どの変異が自然か人工かの区別はつきません。
ママ美 でも、「ゲノム編集食品はイヤだ」と思う人もいるはずです。買う人の気持ちに寄り添い、選ぶ権利を守るには、どうにかして選べるようにすることが必要ではないでしょうか。
正美 選ぶ権利は尊重しなければいけませんね。しかし、仮に表示を義務づけたとしましょう。そして、スーパーに「これはゲノム編集ではない」と表示された食品が出てきたとしましょう。しかしながら、その表示が正しいかどうかを検証する方法がありません。
先ほどのマダイを思い出してください。たとえ変異が見つかったとしても、無数の変異があるため、それがゲノム編集由来かどうかを証明することは不可能なのです。また、流通業者はどれがゲノム編集食品かを知ったうえで販売をしなくてはいけなくなりますが、それを知る手段がないわけですから、対応できません。
ママ美 仮に、ゲノム編集なのに「ゲノム編集ではない」と表示した製造業者がいたとしても、取り締まりようがないわけですね。
正美 そのとおりです。ですから、2019年10月、厚生労働省は、ゲノム編集技術を使った食品については、安全性審査を不要とし、任意の届け出制とする新制度を始めました。消費者庁も、これに合わせるかたちで、ゲノム編集食品についての表示を、法律で義務化しないことを決めました。法的な実効可能性が保証できないからです。
この時、多くの新聞社の社説は「消費者が選択できるようにすべきだ」と義務化するよう主張しました。そんな主張をするなら、どうすれば選べるかを具体的な案として示してほしいですが、そうした建設的な提案は見当たりませんでした。消費者にこびた、建前だけの無責任な言論ですね。
開発者はむしろ表示する
ですから、少なくとも日本国内ではゲノム編集かどうかの表示は消費者の目につく形で分かるだろうと見ています。個人的には、消費者に受け入れられるかどうかは、表示よりも、その魅力、付加価値がどれだけ高いかが焦点になると思っています。
きょうのレッスンは、ゲノム編集技術でできた食品は従来の品種改良と区別がつかず、表示を義務づけるのは困難だということ、ただし、開発者が手にする情報を国に登録させれば、ある特定のゲノム食品かどうかは分かるということを覚えておくことです。
ただ、表示してほしいと言っても、開発者や販売業者がコストのかかる表示を自主的に実施するとは考えにくいです。義務化させるとしても、品種改良と同じなのですから、根拠がなくて難しいでしょう。
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