第80回 ついに出た検証記事「おいおい鈴木君」の大特集
こんにちは、小島正美です。世の中にはデマや偽情報も含め、さまざまなニュースや記事が出回っていますが、それらに対して一つひとつ、真偽を確かめ、どこが間違っているかを検証することは至難の業です。学際的な専門知識が必要なだけでなく、とてつもなく労力がかかるからです。しかし、その道の大家が「この記事はおかしい」と言ってくれれば、大きなインパクトがありますし、説得力もあります。
文藝春秋に訂正要求
今回は、その好例を紹介します。今年の文藝春秋の2月特大号に掲載された鈴木宣弘・東京大学教授の記事に対して、メディアチェック集団「食品安全情報ネットワーク」(唐木英明・小島正美共同代表)が訂正を要求しました。しかし、返答は一切なく、逆に同誌は4月号で鈴木氏のさらなる長文の寄稿「日本の食が危ない!」を載せました。これは訂正要求に対する報復的な返答だと第77回のこのコラムで書きました。
私も4月号の鈴木氏の記事を読みましたが、あまりにも間違いや偏り、裏付け不足の記述が多く、いちいち反論するのも時間の無駄だし、放置していました。しかし、その後も、鈴木氏の記事は、他の媒体に頻繁に登場します。鈴木氏は一部メディアでは売れっ子作家並みの人気があるようです。ただし、記事の内容はいつもほぼ同じです。最高学府の学者なのに、よくも同じ内容の記事をあちこちの媒体に寄稿できるもんだと感心していたところ、ついに鈴木氏の記事を真正面から批判する記事に出合いました。
ついに登場した検証記事「おいおい鈴木君」
日本の農業生産者の先進的な事例などを紹介する「農業技術通信社」(東京)が発行する月刊誌「農業経営者」(23年5月号)の「おいおい鈴木君 鈴木宣弘東大教授の放言を検証する」という大特集です。これは文藝春秋の記事への反論特集です。読み応え十分の痛快な検証記事です。その雑誌は買って読んでほしいのですが、その中にキヤノングローバル戦略研究所の山下一仁・研究主幹が書いた記事が載っています。山下氏は農水省の元官僚です。ウルグアイ・ラウンド交渉では首席交渉官(2001年~2002年)として米国と対峙した経験を有するなど日本の農政・農業に精通したこの道の第一人者です。
その山下氏が「農業経営者」5月号に「『日本の食が危ない!』は正しいのか? 10の感想」を載せたのです。10項目にわたって詳細に反論を試みていますが、私が注目したいのは、冒頭で鈴木氏の4月号の記事に対して「かなりの点で事実関係に間違いがある。細かい点を挙げれば、この記事と同じ分量の批判記事になってしまうので、いくつかの大きなところを挙げる」と書いているところです。
要するに、その道の専門家が読むとすぐに間違いが見つかるほど鈴木氏の記事は間違いだらけだという点です。私のような大した知識のない者が読んでも、おかしいと感じる部分は多々見つかりますが、その私が「間違いが多い記事です」といっても、残念ながら説得力を示せません。しかし、日本の農政に通じ、米国と外交交渉までした山下氏が「鈴木氏の記事はかなりの点で事実関係に間違いがある」と断言しているところを見ると、やはり鈴木氏の記事は間違いが多いことが分かっていただけるかと思います。
学者らしからぬ伝聞の多い主張が目立つ
鈴木氏の記事を読んでいて、いつも気になるのが、いとも簡単に陰謀論めいたことを書くことです。たとえば、ゲノム編集食品に関して、「『審査も表示もするな』というアメリカの要請を受け入れて、完全に野放しにした」(文藝春秋2月号)といった具合です。学者として「アメリカの要請を受け入れて」と書くからには、具体的にアメリカ政府のどの部署から、いつどのような要請があったかを示してほしいのですが、そういう肝心な点は一切出てきません。
ゲノム編集の表示や審査にかかわる日本の関係省庁は、農水省、厚生労働省、環境省、内閣府食品安全委員会の4省庁にわたります。その関係省庁のどこにどのような形でアメリカから要請があったかについて、鈴木氏は記事を書いたからには知っていることでしょうから、ぜひはっきりと証拠を示して書いてほしいのです。ところが、「モンサントの指令で日本の基準値が緩和された」といった記述も含め、証拠を挙げた記述に出合ったことはありません。
このほかに鈴木氏は遺伝子組み換え作物やゲノム編集食品に反対する市民団体の受け売りのようなことを堂々と伝聞形式で書いています。
私がそう感じているだけかと思っていたのですが、山下氏は「農業経営者」で鈴木氏の記事について、次のように書いています。
「戦後の農政の歴史について、りっぱな学術論文が出ているのに、マスコミで流布しているアメリカ悪玉論を信じてしまっている。食の安全やミニマムアクセスなど、特定の信条や利益を持った人や団体の主張や伝聞情報(聞く、言われるなどという形で言及)を十分検証することなく記述している」
確かな証拠なく、又聞きで記事を書いていることがよく分かりますね。
反省すべきはマスコミか
鈴木氏が自らの信念や思いを主張すること自体に異議はありません。何を言おうと自由です。個人的には「行動する学者」は大好きです。発言の機会はだれにでも保障されています。残念なのは、鈴木氏の主張に疑いの念を抱かず、その言論を素直に載せているメディア媒体がたくさんあることです。これまでの記事掲載や本の出版を見ると、文藝春秋をはじめ、週刊文春、週刊新潮、日刊ゲンダイ、日本農業新聞、農業協同組合新聞、ダイレクト出版の「ルネサンス」、平凡社や講談社などの出版社などが鈴木氏の記事を載せたり、本を出しています。
「日本はアメリカの指示で農薬の基準値や遺伝子組み換え食品の表示制度を変えてきた。日本は米国の余剰農産物の処分場だ」といった鈴木氏の主張は、マスコミ的には確かにおもしろいし、陰謀論めいて感情に訴えるものがあります。だからこそ、いろんなメディアが鈴木氏の言説に飛び付くのでしょう。
飛び付くのはよいとしても、間違いだとする指摘された場合には、せめてまっとうな言論機関として回答くらいは返してほしいものです。しかし、中には読者からの反論を一切受け付けない媒体もあります。言論の自由という名を借りたメディアの横暴です。これまでに訂正を受け入れて修正したのは平凡社だけです。この平凡社の修正で興味深かったのは、断定口調の記述(○○である)が伝聞形式(○○といわれている)に修正されたことです。
鈴木氏も山下氏も農水省出身の元官僚です。違いは鈴木氏が東京大学教授という肩書をもっている点です。肩書に騙されてはいけません。これからは、鈴木氏の記事を見たら、間違いが多いという点を頭に入れて読むようにしましょう。
ちなみに、「食生活ジャーナリストの会」は7月24日(月)19時~20時半、東京都千代田区日比谷公園の日比谷図書館小ルームで山下一仁氏を講師に招くセミナーを開きます。詳しくは近くアップされる予定の「食生活ジャーナリストの会」のHPを御覧ください。参考までに山下氏の記事の部分は以下で読めます。
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