第78回 食品衛生基準行政の消費者庁への移管は“後退”か

こんにちは、小島正美です。新聞ではほとんど報じられていませんが、2024年(令和6年)4月から、厚生労働省の食品衛生基準行政が消費者庁に移管されます。お役所の部署がどこへ移動しようとそのまま官僚が横滑りして移動するだけなので、大した影響はないように思っていましたが、大きな反対運動があることを知りました。

4月27日、東京の参議院会館で「どうなる食品衛生法~改正のメリットとデメリット~」と題した緊急学習会(第25回院内学習会)が特定非営利活動法人「食品安全グローバルネットワーク」主催で開かれました。この学習会は貴重な情報が得られるため、なるべく参加するようにしています。今回のテーマは、食品衛生基準に関する権限が厚労大臣から内閣府総理大臣(消費者庁)に移るという重要な問題だけに興味をもって参加しました。

消費者庁が食品安全行政の司令塔へ

まずは移管の内容をさらっと勉強しておきましょう。政府の資料によると、厚労省が所管している食品衛生に関する規格基準の策定業務(食品衛生基準行政)が消費者庁に移管されます。その中身をより具体的にいうと、2024年4月から、食品添加物の指定や成分の規格基準の策定、残留農薬や放射性物質などの規格基準の策定が消費者庁で行われることになります。

つまり、これまで残留農薬の基準に関する策定や審査は厚労省の薬事・食品衛生審議会で行われていましたが、今後は消費者庁の食品衛生基準審議会で行うことになります。一方、輸入食品の検疫や保健所の所管はそのまま厚労省に残るそうです。確かに大きな転換です。

政府の法律案によると、食品安全行政の司令塔機能を担う消費者庁が、食品衛生に関する規格基準の策定を所管することで食品衛生の科学的な安全を確保し、消費者のさらなる利益を図るものだといいます。さらに、国際食品基準(コーデックス)の議論に消費者庁が一体的に参画することも可能になるとしています。

なぜ、移管されるのか。資料では厚労省が感染症への対応能力を高めることが主目的らしい。農薬などの基準策定が消費庁に移れば、消費者への迎合になって、よからぬ影響(基準の厳格化など)が出てくるのではとの声をちらほら聞いたことがあります。このため、市民団体からはむしろ歓迎されるかもしれないと思ったりしていましたが、今回の学習会に参加して、どうもそうではないことが分かりました。

「消費者庁への移管は大きな後退」の声多く

学習会に来賓として参加した福島瑞穂・参議院議員は「消費者庁はいま民間企業からの出向者が多い。食品の検査、安全性の確保などの食品安全行政が消費者庁にできるのか心配です」と移管のデメリットを語りました。立憲民主党の議員からも「消費者庁への移管は食品安全行政の後退だ」とする意見が出ました。

講師として招かれた食品問題のライター、小倉正行氏(国会議員の政策秘書を務めた経験もあり)は次のように述べました。

「消費者庁への移管が国民に知らされないまま強行されようとしている。食品添加物などの規格基準の策定が消費者庁に移り、保健所などを通じた食品安全の監視業務は厚労省に残るという体制では両省庁の連携が停滞する。厚労省に残される検疫業務が人員の減少で弱体化する恐れが強い。すでに大手食品企業から33人が消費者庁に職員として入っている。このままでは大企業本位の行政になりかねない」

また、同グローバルネットワーク事務局長の中村幹雄氏は次のように語りました。
「消費者庁に移管することの是非を国民に問うべきだ。食品の規格基準の策定とその監視は同一省庁で行われるべきだ。基準策定と監視業務における相互の情報共有は必須だ。厚労省の食品基準審査課が消費者庁に移管されることになるが、その人数は約55人とも80人ともいわれる。同じ仕事を米国のFDA(食品医薬品局)は350人でやっている。もっと定員を増やすべきだ」。

このほかにも、いくつかの意見が出ましたが、消費者庁への移管で食品安全行政が後退する恐れが強いという意見が多数を占めていました。

現役の記者たちはもっと肉薄した取材を

私が現役の記者ならば、あちこちに取材して、多少なりとも確かな情報をお届けすることもできましょうが、残念ながら、現在はかつてほどのアンテナ源を持ち合わせていません。はたして消費者庁への移管が食品の安全行政にどのような影響をもたらすのか、現役の記者たちによる肉薄したレポート(記事)がほしいところだが、そういう良質の記事がまったく出てこない。食を担当する記者たちの嗅覚は鈍ったのでしょうか。

私は5年前まで毎日新聞の生活報道部(当時約20人の記者)にいましたが、その後、生活報道部は廃部になり、記者の多くはデジタル部門に配属されました。そして、その多くが退社していきました。それでも、まだ「くらし医療部」と「科学環境部」が独立して存在していましたが、今年4月から、この2つの部署が「くらし科学環境部」として統合されました。このため、いまでは厚労省や消費者庁、農水省を担当する記者のうち、食品科学や食品行政に強い記者はほとんどいなくなってしまいました。

私と一緒に仕事をしていて、将来を期待していた後輩の記者の多くは退社するか、別の部署に異動し、もはや食品行政を科学的な目で見守る記者はいないに等しい状態になっています。読売新聞は生活にかかわる記事を担当する「生活部」の記者がまだ多数残っているようですが、総じて主要な新聞では食の科学に通じた記者はかなり弱体化しているようです。
ぜひ記者は食品安全行政の消費者庁への移管という重大なテーマにもっと興味をもち、読み応えのある記事を書いてほしいものです。
ちなみに水道に関する水質基準の策定などの水道行政も厚労省から環境省に移管されます。これまた重要なテーマですが、新聞の記事は見かけません。記者の監視の目はどこへ行ってしまったのでしょうか。