第24回 培養肉――世界の家畜が解放される可能性

2021年2月12日

こんにちは、小島正美です。今回は「昆虫食」そして「藻類」に続き、未来の食料として注目されつつある「培養肉」についてお話をしましょう。

ママ美 培養肉? 何かを培養して肉をつくる、ということでしょうか。

正美 その通りです。牛やアヒルなど動物の細胞を培養して、肉をつくる技術です。アメリカでは「クリーンミート」といわれ、どの会社が最初にリーズナブルな価格で培養肉を市場に出してくるのか、熾烈な競争があるようです。

ママ美 今でもお肉があるのに、培養肉を作るメリットは何でしょうか?

正美 何と言っても、牛や豚、鶏などの動物を殺す必要がなくなることでしょう。
培養肉の製造が軌道に乗って、スーパーに並びだしたら、世界中の畜産業がひっくり返るくらいの大きなインパクトを与えることが予想されます。
たとえば、世界には家畜化された牛が15億頭くらいいるそうですが、毎年、人間の食用のために殺されています。しかし、その牛の細胞を培養して、肉にすれば、牛は細胞を提供する生き物になり、殺す対象の家畜ではなくなります。菜食主義者など動物保護を訴える人たちにとっては、この培養肉は動物を解放する理想の食べ物となります。

ママ美 全世界の家畜が解放されるわけですか。なんか信じられないような話です。でも、もしそうなったら、現在、家畜を飼っている畜産農家さんはすべて失業してしまうのでしょうか。

畜産農家が培養肉を売る?

正美 極端に言えば、それくらいのインパクトをもつということです。でも、畜産農家が失業することはありません。

ママ美 どうしてですか?

正美 培養肉の時代に入ると、畜産農家は生きた牛や豚、鶏を出荷するのではなく、自ら培養肉をつくって出荷することになるのです。
培養肉が主流になれば、牛や豚は細胞を提供するために飼われるわけです。殺される運命しかなかった家畜が、犬やネコのペットのように死ぬまでかわいがってもらえる生き物になるのです。

ママ美 なるほど。畜産の概念が全く変わってしまうわけですね。

正美 そうです。いまの工業的な畜産は、大量の植物性飼料と大量の水を必要とします。しかも広い面積の牧場も必要です。そのうえ、大量に発生する糞尿も処理せねばなりません。
培養肉が工場の中で作られるようになると、いまのような環境への負荷が減り、O-157のような大腸菌汚染もなくなります。全くクリーンな肉が誕生するわけです。

ママ美 なにか狐につままれたような感じがします。

正美 だれだってそう思うでしょうね。100年後の人たちは、「え! 100年前は牛や豚を飼って殺して食べてたの! 信じられない」と言っているかもしれませんね。

家庭で培養肉を作る時代が来るかもしれません

ママ美 でも、本当に培養肉が出回る日は来るのでしょうか。

正美 すべては技術革新次第です。培養肉が世界で最初に世に出たのは2013年です。オランダのマーク・ポスト氏(モサ・ミート社)が培養肉でつくったハンバーガーを披露しました。1個(200グラム)約3000万円と報じられていました。
肉といっても、現段階ではステーキのような肉の塊ができるわけではなく、小さな細胞の塊を集めたようなものです。しかし、肉の味はしますので、肉を食べたい人の欲望を満たすことはできます。

ママ美 3000円、ではなくて3000「万」円!? メリットは理解できましたが、それでは値段が高すぎて買えませんね。

正美 おっしゃるとおり、最終的には培養肉の価格がいくらになるかです。
日本で培養肉のベンチャー企業で先頭を走る「インテグリカルチャー」(2015年設立)は、3年前、培養肉のフォアグラを作りました。フォアグラはガチョウやアヒルの肝臓を肥えさせた高級食材ですね。いまのところ、筋肉の組織をつくるのは難しいようですが、筋のないフォアグラのようなもののほうが作りやすいそうです。培養フォアグラは、来年には高級レストランへ100グラム約3万円でテスト的に提供する計画だそうです。そして、2023年には一般向けにも販売する目標です。価格は100グラムあたり1800円程度を目指すそうです。それでも通常のフォアグラより2倍程度高いですが、技術が進めば、さらに安くなりそうです。

ママ美 それにしても、どうしてそんなに価格が高くなるのでしょうか。

正美 細胞を培養する培養液のコストが高いのです。培養液にはアミノ酸、ビタミン、糖類のほか、血清成分のアルブミン、細胞を増やす増殖因子などが含まれていますが、この培養液を500ミリリットルつくるだけで最低でも7000円以上かかるとインテグリカルチャーの研究開発担当者は言っています。つまり、7000円以上かかる500ミリリットルの培養液で作出可能な細胞量が2グラムというわけです。

ママ美 2グラムの細胞を育てるのに7000円以上もかかるわけですね。となると、この培養液がもっと安くなれば、フォアグラもぐーんと安くなるわけですね。

正美 そのとおりです。驚いてはいけませんよ。インテグリカルチャーは、この培養液を一般家庭向けにも販売することを考えているそうです。

ママ美 えっ!一般の家庭で?

正美 そうです。珍しさも手伝い、意外に売れるような気がします。やがては一般の家庭でも培養液を使って、その家庭のオリジナル培養肉をつくる時代がやってくるかもしれませんね。

ママ美 きょうの話は驚きの連続でついていくのが大変です。

正美 それくらい大豆の代替肉や藻類の肉などフードテックの技術革新はめざましいということです。あと数年たてば、培養肉の具体的な姿が目に見えてきます。これからは「食」の世界ががらりと変わりそうな予感がします。もし本当に家畜としての動物が解放されたら、いったいどういう世界が立ち現れるのか、想像を超える時代がやってきそうです。

培養肉

Posted by foodnews