第72回 東京都が太陽光パネル設置義務。“人権侵害”にも触れる問題点とは?

こんにちは、小島正美です。きょうは東京都の小池百合子知事が進めようとしている新築住宅に対する太陽光パネルの設置義務を考えてみます。一見、「食」とは関係なさそうに見えますが、実は関係しています。さらに、この太陽光パネルの設置は驚くべきことに、“人権の侵害”とも関係してきます。いったいどういうことでしょうか。

ナイキ社は児童労働の酷使で批判

みなさんは、1990年代に米国の大手スポーツ用品メーカーのナイキ社が、東南アジアの自社工場で児童を働かせたり、一般労働者を劣悪な環境で長時間働かせたりしていたことが問題になり、不買運動が起こったことを覚えていらっしゃるでしょうか。これは人権侵害としても大きな問題になりました。

実は、これと似たような構図が東京都の太陽光パネル設置義務にも隠れていることが議論になっています。東京都は2025年4月から、都内の新築一戸建て住宅(延べ床面積が2000平方メートル以上の建築物なら建築主、それ以下は年間の供給建物が2万平方メートル以上の住宅メーカーが対象)を対象に、環境確保条例の改正で太陽光パネルの設置を義務化する方針です。目的は温室効果ガス排出量の削減です。

太陽光は自立した電源ではない

問題のポイントを2つにしぼります。

一つ目は、そもそも太陽光発電は自立した電源ではないことです。仮に東京都内の全世帯が太陽光パネルを設置したとしましょう。太陽光100%ですから、それで毎日、電気が自給できてハッピーかというと、そんなことは全くありません。ご存じのように太陽光発電が働くのは太陽が照っているときだけです。雨が降ったり、どんよりした曇り空だったり、雪が降ったら、全く働いてくれません。つまり、東京都民が電気が必要なときに「いつでも私にまかせてちょうだい」といえるような融通のきく発電ではないのです。結果的に年間を通じて働いてくれる稼働率は2割前後です。このことは風力発電にも言えます。

では、残る8割の時間帯はどうやって電気をまかなえばよいのか。当然ながら、東京都の住民は「太陽光が休む事態に備えて、予備として火力発電(石炭、天然ガス、石油など)か原子力発電を動かしてほしい」と訴えるはずです。となれば、これまた当然のことですが、東京都は、全世帯の電気を賄えるだけの火力発電所を建設するはずです。原子力発電所がすでにあれば、再稼働でもよいでしょう。

どちらにせよ、太陽光パネルが100%普及しても、現実の世界では必ず火力発電所の応援を得なければなりません(途方もない額の蓄電池を全世帯に置くという想定は非現実的なのでここでは除外)。結局、東京都を上空からながめると、太陽光パネルと火力発電所が併存する光景が見られはずです。これは明らかに二重投資です。だったら、「最初から火力発電所だけで電気をまかなえたはずだ」という議論にもなります。

太陽光や風力の多い国ほど電気代は高い

確かに太陽光が動いている間は、火力発電所の燃料は節約できますが、火力発電所が休んだり、稼働したりを繰り返すと維持管理がかさみ、その能力を100%発揮できない状態になります。太陽光の陰で火力発電所が泣いているわけです。これはすでに現実に起きていることです。

つまり、電気を生み出すトータルのコストとしてみた場合は、仮に全世帯に太陽光が普及しても、太陽光と火力発電所の二重投資によって、電気代は上がるということです。このことは実際に西欧でも起きており、太陽光や風力が増えた国はどこも電気代が上がっています。電気代が上がれば、給料の中から食費に使える分が減ります。だから、太陽光の拡大は食費にも影響するわけです。

こんな簡単なことはだれでも分かりそうですが、世の中は太陽光信仰が強く、太陽光を拡大すれば、それだけで電気の自給が可能かのように思っている人が意外に多いですね。

日本で使われるパネルの約8割は中国製

二つ目は、人権問題です。東京都の太陽光パネル設置義務方針に対して、9月20日、杉山大志氏(キャノングローバル戦略研究所主幹のエネルギー環境問題専門家、気候変動に関する政府間パネル「IPCC」メンバー)が東京都庁で記者会見を行い、義務化に反対する請願書を出しました。これは上田令子都議の呼びかけで始まった反対署名活動に呼応する形で行われました。会見に記者が約30人来たそうですが、残念ながら、記事にはならず、ほとんどの人は知りません。

この会見であっと驚いたのは、杉山氏の「太陽光パネルの設置義務は人権弾圧に加担することになる」との発言でした。どういう理屈かといえば、よく知られているように日本で設置されているパネルの約8割は中国製です。そのうちの半分程度は、少数民族への弾圧が指摘されている新疆ウイグル自治区で製造されているそうです。これに関して、すでに米国政府は人権弾圧を問題視し、新疆ウイグル自治区で製造された部品を含む製品の輸入を禁止する法律を施行しています。

言い換えると、東京都民が中国製パネルを設置するほど人権弾圧に加担するのではという構図です。これは冒頭で述べた米国のナイキ社と似た構図なのがお分かりですね。

仮に新疆ウイグル自治区で製造されていないパネルでも、中国製に変わりはありません。この設置義務化で利益を得るのは都民ではなく、事業者と中国だけです。

杉山氏は、経済的なコストの面でも、「仮に150万円のパネルを設置した場合、建築主は元をとれても、それは他の人たちが100万円を負担するからだ」と言っています。それの理由は、一つ目のポイントで述べたような理屈からです。詳しくは杉山氏の解説を見てください。

もう怒った…環境問題の研究者が小池都知事に「太陽光パネル義務化反対」請願を提出した理由(現代ビジネス) – Yahoo!ニュース

太陽光発電は最近になって、日本のふるさとの光景を破壊する実態が全国で次々に明らかになり、各地で紛争が起きています。そもそも、消費者の選択肢を閉ざして、100万円以上もする高価な製品を強制的に買わせるという行政措置が許されるのでしょうか。東京都民はなぜ怒らないのでしょうか。

太陽光パネルをいくら増やしても、火力発電所や原子力発電所が充実していなければ、安定した電力が得られないことは、ロシアのウクライナ侵攻で西欧諸国が証明しています。太陽光信仰にのっかった小池知事の人気取りにも陰りが見えてきたということでしょうか。